星に願いを

 

 

 

ふと、空を見上げると輝く星があった。

夜がやってくる。

 

なんとなく立ち止まって、それを眺めた。

 

流れ星じゃない星は、願い事をかなえてくれるだろうか。

 

 

「おとーちゃん」

声のするほうにゆっくりとふりかえる。

鮮やかな口紅をつけた母が不思議そうな顔で僕を見上げていた。

「どうしたの?」

まるで少女のようなその口調と、

あの頃に比べるとぐっと老け込んだ顔のアンバランスさが胸に痛い。

 

自分の顔が少し歪むのを自覚できてはいたが、それを隠すことはできなかった。

 

「おとーちゃん」

もう一度声がして、母をじっと見た。

 

「おかーちゃん・・・」

 

続く言葉が出てこない。

もう時間はそれほど残されてはいないのに。

 

「おかーちゃん」

もう一度、声を振り絞る。

なんて情けない声なんだろう。自分で少し笑った。

「ほんとに・・・僕が誰だかわからない?」

何度目かになる質問の答えはわかりきっていた。

「おとーちゃん!!」

無邪気に応える母に、もう憎しみも恨みも、一切持ち合わせていない。

 

 

 

「忘れるくらいなら、僕なんていない方がよかったのにね・・・」

 

そうしたら僕も、あの病院や彼女、ありもしない希望なんてものに出会わずに済んだのに。

 

 

 

それでも、僕は生まれてきてしまった。

資格なんてないのに、ここまで生きてきてしまった。

沢山の人を殺して、僕はまだ生きている。

 

 

「おかーちゃん」

母の手を握った。

 

あたたかい、やさしい手をしていた。

「それでも、ありがとう」

 

おかーちゃんは、覚えていないかもしれないけど。

あなたがいたから、僕はこの世に生まれたんだ。

 

ありがとう。

 

 

 

母は僕の言葉がやっぱりわからない。

不思議そうな顔をしてまた僕の顔をじっとみた。

 

こんな風に見つめあえるなんて、一体どのくらいぶりだろう。

 

わかっている。母が見ているのは「僕」じゃない。

それでも、僕はこんな風に優しい目を向けてもらいたかったんだ。

ずっと。

あの頃から、ずっと。

 

 

 

「おかーちゃん、寒くない?」

そう問いかけると母はぶるぶると首を横に振った。

それでも僕は自分の背広を母の肩にかけてやる。

 

「桜、まだ早かったね」

 

また空を見上げる。

綺麗じゃない空に、やっぱり星が一つだけ。

 

もしも、流れ星じゃなくても、願いをかなえてくれるなら。

 

『また、この人のこどもに生まれたい』

 

僕は瞳を閉じて、じっと祈った。

叶うあてのない願いを。

 

もう僅かしか残されていない時間をあげるから。

 

お星さま、どうか、お願い。