一つだけ
「俺の大切な女、二度も持っていくんじゃねぇよ」
さっき、のどまで出掛かった言葉。
俺が死ぬはずだったんだ。 朝倉を追いかけていたのは俺だったのだから。
朝倉の姿をした青年が死んで、 それでこの闘いは終わるはずだったんだ。
例え、本物の「朝倉裕人」がまだ生きているとしても。
俺の死をもって、この闘いは終わるはずだったんだ。
けれども、今おれの前で横たわっているのは、何故かこの女で。 関係ないはずの、研修中のエリート。
だから俺は言ったんだ。この事件を忘れろって。 本当に、お前は「頭の悪い女」だな。 俺のためなんかに、命を懸けることはないのに。
生きてて欲しかったんだ。 ただ、生きて。 それ以上、何も望む事はなかった。 例え、俺自身が死んでしまおうとも。
あの事件以来、俺は孤独に生きているつもりだった。 誰も信じず、誰からも必要とされない。
俺は自由で不幸なはずだった。
けれども、違っていた。 俺はいつの間にか、信頼する仲間も、後輩も、かつての上司も、 そして、絶対に失えない大切な存在まで作っていたのだ。
俺は不自由で、とても幸せだったのだ。
涙が、頬を伝う。 子供の頃、おもちゃを欲しいと泣きながらねだったことがあった。 その頃より、成長しているはずだったのに。
今、女を抱きしめながら名前を呼び続けている俺の姿はあの頃と少しも変わっていない。
欲しいのだ。彼女が。 どうしようもなく。 わがままでも、自分勝手でもいい。 とても大切な人なんだ。
「一度だけキスを」なんて言うなよ。 未来の旦那様に、いくらでもしてもらえばいい。 もしも、お前が望むなら俺が何度でもしてやるから。
童話のように都合よく、キスで生き返ってくれ。
神なんて、信じてないけど、 もしいるとしたら、一つだけ、俺のねがいを叶えて。
「俺の大事な女」二度も奪わないでくれ、神様― |