彼の場合

 

 

いつものように、柴田は数年前に殺人のあった現場に出向いていて、

いつものように、真山はそれにつき合わされていた。

 

季節は、冬。

最も真山の嫌いな季節だった。

 

 

真山は革の手袋をしながらも、コートのポケットに手を入れている。

今年の冬はやたらと寒い。

数週間前の気象予報で「今年は暖冬」などと抜かしていた間抜けな気象予報士を一発殴ってやりたかった。

小さく舌打ちをして、あたりを見回す。

雪は降っていないものの、この寒さで辺りに人は見当たらない。

つぶれた巨大なスーパーの郊外店の、しかも駐車場なのだから寒さのせいとも言えないのだろうが。

 

「柴田、まだ?」

しばらく我慢していた真山が、漸く口を開く。

当の柴田はじっと何かを考えながら、ただっぴろい駐車場を歩き回っている。

「も〜、柴田ぁ〜」

やれやれと言うように真山が柴田の後を歩き始めた。

 

すぐに柴田に追いついた真山は、ポケットから片手を出し、柴田の頭をぺちっと叩く。

「・・・いたっ」

寒さのためか、ただ鈍いだけなのか、ワンテンポ遅れて柴田が反応をする。

「マダデスカー?」

憮然とした態度で真山が聞いた。

「・・・すみません、もうちょっと・・・」

柴田は叩かれた部分を自分で撫でながら、真山の方を見ずに言った。

 

「寒いんだけど」

真山は柴田の後頭部を見下ろしながら続ける。

「すみません」

もう一度、柴田が答える。

「・・・お前さ、本当にそう思ってる?」

「思ってますよー」

そう口では言っているものの、柴田は一度も真山の方を見ない。

 

「柴田、お前さぁ…」

そう問いかけられても、柴田はまだ駐車場に夢中の様子だ。

真山は右手で、柴田の頭をバスケットボールのように掴んで、自分の方に向けさせた。

「いたっ!」

柴田が珍しく迷惑そうな顔をした。

真山はゴメンも言わずに、まっすぐ柴田を見下ろす。

「お前、もしかして照れてんの?」

 

「・・・・・・・・・」

 

柴田は答えない。

ただ、視線を真山と合わせようとはしなかった。

 

「ばっかじゃないの?」

真山は愉快そうに笑った。

「じゃあ、一緒に捜査になんか来なきゃいいじゃん」

そう言うと、笑いながら真山は柴田の元を離れた。

 

昨日、柴田は初めて真山の家に泊まった。

起きてからずっと特に気にした様子はなかったのだけれども、ここに来て急に気になったのだろう。

 

真山が離れてからも、柴田はその場から動かずにじっと立っている。

ただ、頬が紅く染まっていた。

 

 

少し離れた所にあった柵に、真山は体重を預けた。

コートの襟を立て、ぴゅうぴゅうと吹き荒れる北風から身を守る。

「しーばたぁー。固まってないで、早く終わらせてー」

まるで野次のような声を柴田に浴びせる。

 

その声に、柴田は少しだけ視線を上げて反応をした。

やっと動き出すのかと思って真山が見ていると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるようだ。

「・・・真山さん」

少し距離をとった位置で柴田が歩みを止めた。

「早くやれよ、捜査」

真山はまだ少しだけ楽しそうだ。

「今私たちが捜査している事件って、どういう事件かご存知ですか?」

「捜査してんのは『私たち』じゃなくって、お前だけだから、ね?」

柴田は鞄からばさりと調書を取り出す。

「被害者は女性です。犯人は、被害者と当時交際していた男性だと思うんです」

「へー、もう犯人わかっちゃってるわけ?」

真山が興味なさそうに言うと、柴田は黙って頷いた。

「犯人わかってんならもういいだろ?帰らせてよ、カカリチョー」

「駄目です。まだ証拠が…」

柴田が答えると、真山がつまらなそうに口を尖らせる。

「あっそ・・・で、何?」

「え?」

「何か言いたい事があるんじゃないの?」

「ああ、えっと」

「早くしてくれる?」

真山が眉間に皺を寄せて柴田を見る。

柴田はそれに観念したかのようにゆっくりと口を開いた。

 

「この…女性が殺害された動機なんですけど」

「何?」

「多分、交際している方以外の男性ともお付き合いを始めたからだと思うんですよ」

「へ〜、かわいい顔して、やるねー」

真山は柴田の持っている捜査資料を覗き込みながら言った。

 

「・・・もしも、わたしが浮気したらどうします?」

 

突然の柴田の呟きだった。

真山は驚いて一瞬だけ停まった。

 

「…好きにすれば?」

さらりと、真山は答えた。

瞬間、柴田の目に悲しみが映る。

 

「そもそもさ、お前はいるんでしょ?『運命の旦那さま』が」

「・・・え?」

「俺はその運命の人とやらになるつもりはないから、俺の方が浮気なんじゃないの?」

真山の言っている事がわからないのか、柴田は少し黙ってしまった。

 

 

「だから、お前の旦那さまが現われたら、勝手に行けば?って言ってんの。

俺は別にお前殺したりはしないからさ」

 

 

 

柴田の視線が始めて真山とぶつかる。

酷く不安そうな表情をしていたが、きっと自分も同じような表情をしているのだろうと真山は思った。

 

「真山さん・・・」

柴田が今日始めて真山の顔を見て言葉を発した。

「何だよ」

 

 

「抱きしめて、いいですか?」

 

柴田の声は冬の空気よりも澄んでいる。

 

「は?」

「今日だけ、ですから…」

 

 

柴田は、真山の返事を待たずにぎゅっと抱きついてきた。

温かさよりも、圧迫感を強く感じる。

 

ほんのすこしだけ、そのままでいた。

柴田の珍しく洗ってある髪の匂いが、なんだか少し懐かしかった。

昨夜、沢山胸に吸い込んだはずなのに。

 

離れる時も柴田からゆっくりと離れた。

真山は少しも動かずに、柴田の動きを目だけで追っている。

 

 

「真山さんは、もう少し照れてください」

今日の柴田の発言は、いつにも増して突拍子ない。

「・・・どういう意味?」

 

「もう少し、幸せに浸っていてくださいっていうことです」

 

 

そう言い残して、柴田は捜査に戻る。

真山はその後姿をぼんやり見ながら、密かに苦笑した。

 

 

 

ああ、早く帰りたい。

 

寒さから逃げたいだけじゃなく、その先の温かさに早く触れたいと、真山は心の中で思うのであった。