昼下がり
今日、彼氏と出かけるはずだった。 仕事が忙しい彼のたまの休日。 私だって、苦労してバイト休んで、友達の誘い断って。 あなたと一緒すごす為に頑張ったんだからね!
それを何?「今日くらいは寝かせてくれ」〜!? もう知らない!一人でお出かけしちゃうからね。 私だって捨てたモンじゃないんだから。ナンパされちゃうかもよ?
そんな、怒りに任せて電車に乗った。 行き先は、原宿か渋谷。短絡思考になっているのは分かっていたけど、止まらない。
電車は、平日のせいか空いていて。 私は座る事が出来た。
ふと、前を見ると男女が一組並んで座っていた。 鋭い目つきの男と、冴えない格好をした女。 2人とも黒尽くめで、同じような雰囲気を醸し出していた。 …カップルかな?お互いなんか凄そうなんだけど… 少し考えてくだらないと目を逸らした。 今は他人のことを考えている暇は無いんだから。
がさっとモノが落ちる音がして、また先ほどのカップルの方を見る。 先ほどの音は彼女の方の鞄(やたら重そう)が、落ちた音らしい。 しかし、彼女は音に気づかず居眠りをしているようだ。
「も〜」と小さく呟いて彼氏の方が鞄を拾う。 そして彼氏がその鞄を漁り始めた。 ―な〜んだ、やっぱりカップルなんじゃん。同僚とかってここまでしないよね? そう思うと、ゆっくりと舟をこいでいる彼女が憎らしくなった。 男の隣でのんきにに寝ちゃってさ。よく見ると、この彼氏、カッコいいじゃん。 しかし、彼女が憎らしく思えたのはそこまでだった。
彼は、彼女の鞄の中から(何故入っているかはわからないが)リモコンを取り出した。 何をするのかと思えば、ゆっくりと舟をこいでいる彼女の頭のすぐ前に彼はリモコンを持ってきたのだ。 案の定、そのリモコンは舟漕ぎによって彼女の額にヒットする。 リモコンが当たった瞬間、彼はヒュっとリモコンを隠し、そ知らぬふりを始めた。 その男のタイミングが絶妙で。 私は思わず笑ってしまった。 彼氏に見ていることを気づかれたかなと一瞬心配になったが、彼は鞄漁りに勤しんでいて私に気づいてはいないようだ。
彼が次に取り出したのは、分厚い書類の束。 彼の手で良く見えないが「殺人事件」という言葉がタイトルに書いているようだ。 それを彼はいろいろな角度から吟味し始めた。 そして、角を見て二、三度力強く頷くと、今度はその角が彼女の額に当たるように(!)仕掛けた。 「ごつっ」と音が聞こえそうなほど見事なヒットが彼女の額を襲った。 彼氏は先ほどと同じように、書類の束を隠し、そ知らぬふりをする。 やっと不審に思ったのか、彼女は額を押さえ、顔を上げてきょろきょろしている。 しかし、隣にいる彼が隠し持っているものには気付かない。 軽く小首をかしげ、彼女は再び、舟をこぎ始めた。
彼氏はそんな彼女の姿をみて、心底楽しそうに声を殺しながら笑っている。 そして、また鞄漁りを始める。
そんな状況を見て、逆にこの男に腹が立ってきた。 彼は、完全に彼女をおもちゃにしている。 同僚か、恋人か、友人かはわからないけれど、きっと彼女は彼からいつもこんな仕打ちを受けているのだろう。 約束を無下に断られた、自分と重なる。 一瞬、忘れかけていたもやもやが一気に吐き出そうだった。
漸く彼が新しい道具を見つけたらしい。 けん玉〜?どうしてこんなものが鞄に入っているのだろう? 彼はけん玉を嬉しそうに取り出し、また彼女の頭の前に置こうとした。 しかし、首を少しかしげながら、ひっこめてしまった。 ―そうそう、あまりにも彼女が可哀想だよね。やっとわかったか、彼氏。 そう私が安堵したのもつかの間。 彼氏は、なんとけん玉の玉を抜いて尖っている部分を彼女の額にぶつけようとしているのではないか。 ―イヤ〜、それだけはダメだって〜。穴開いちゃうよ!彼女のおでこに。 グロいイメージが頭に浮かぶ。もしかしたら目の前で殺人が起こるかもしれないのだ。
しかし、流石の(極悪)彼氏でもそれはいけないと思ったらしく、玉を元どうりはめて、彼女の頭の前に置いた。 ―びっくりさせないでよ、もう。 自分が勝手に心配しているだけなのに、なぜかこう思ってしまった。
そして、三度彼女は彼の罠にはまった。 丸い部分とはいえ、木製のものが額に直撃したのだ。 痛そうに額を押さえて彼女が上体を起こす。 その間にやっぱり彼氏はけんだまを素早く隠し、そ知らぬふりを始めた。 ―いい加減気づきなよ、彼女〜。 彼女はゆっくりと周りを見渡し、そして彼の方を見た。 ―そうそう、彼氏が今まで酷い事をしていたのよ。 すると彼氏はいけしゃあしゃあと彼女の方を見て、目線だけで「何?」と聞いた。 ―騙されちゃダメよ。その男はね、あなたに散々ひどい事を… 私がそう思った瞬間、彼女は幸せそうに目を瞑り、彼氏の方に凭れ掛かった。 そして、そのまま深い、ゆったりとした眠りに付いた。
彼氏は、その長い首をのばして、やれやれとため息を付き、彼女の額をぺチンと一度、叩いた。 そして、彼女の頭が安定するように自分の体を少しずらし、自分も彼女の頭に凭れ掛かって、居眠りを始めた。 とても無邪気で、幸せそうな寝顔で。
本当に幸せそうな2人の寝顔を見て、何か心の中にあったどろどろしたものが浄化されていくような気がした。 ―そうか、彼女は彼にとても愛されているんだ。 彼も、彼女にとても信頼されているんだ。 2人を包む同じ雰囲気の理由がわかった気がした。
次の駅で電車を降りよう。 街ではなく、彼の家に向かうため。 仕事でつかれているなら、私がご飯を作って二人で食べて… ただ、ソファーでごろごろするのもいい。 なんでもいいからあなたと一緒にいたい。 2人一緒にいるだけで、わたしは幸せになれるから。
そう、この二人みたいにね |