グッドモーニング

 

 

 

am 7:00。

ベッドの上で目を覚ます。

まず、寝転んだ体勢のまま欠伸をひとつ。

それから、ゆっくりと起き上がって頭を掻いた。

ベッドに腰を掛けて、床に足をぺたりと着く。

朝の冷たい空気に晒されていた床は、酷く冷たい。

もう一度欠伸をして、立ち上がった。

 

台所に立ち、やかんに水を入れる。

コンロに火をつけ、やかんをその上に置く前に、途中で咥えた煙草に火をつけた。

肺いっぱいに吸い込む、濁った空気はいつも旨い。

紫煙を上げながら、は冷たい床の上をゆっくりと歩いた。

そろそろストーブが必要だな、とぼんやりと考えている。

 

もう一度、ベッドに座りやかんが音を立てて沸くまで煙草を吸う。

お湯が沸いたら、コーヒーを淹れる。

淹れたては熱くて飲めないので、その間に顔を洗う。

洗面所で顔を洗って、それからワイシャツとズボンを身に着ける。

その頃には、コーヒーは丁度いい温度に冷めていた。

パンを焼きもせず、何もつけずに口に運ぶ。

朝の食事に、あまり旨さは求めていない。ただ、栄養さえ取れればいいと思っている。

味気のない食事をしていると、視界の端で何かが動いた。

 

白い脚だった。

黒いシーツにすっぽりと包まれていたはずの脚が、少しだけ覗いていた。

口は動かしたまま、目線だけをベッドに移す。

寝相の悪さで立てられた膝から、シーツがするりと滑り落ちる。

本人は勿論無意識なんだろうが、朝からやってくれるよと舌打ちをした。

少し睨みつけると、それに応えるようにゆっくりとした動きで寝返りを打った。

脚と同じ色の寝顔がこちらを向いた。

 

昨夜あれだけ言ったのに、彼女は何も身に着けないまま眠ったらしい。

彼女はよく裸で眠る。

映画や小説に影響されすぎだと思うのだけれど、彼女は特にこだわっているわけではなさそうだ。

ただ、いちいち何かを着る行為が億劫だ、それだけの意味だろう。

けれど、なかなかいい習慣ではないかと思っている。

例えば、こういう視覚的にでも、狭いベッドの中で触れた触覚的にも悪くはないと思うから。

 

パンを食べ終え、冷めたコーヒーを一気に飲む。

歯を磨いて、ネクタイを結んでいると、かすかに声が聞こえた。

ベッドの方に視線を移すと、重そうな睫毛がゆっくりと上がっているところだった。

「・・・まやまさん?」

ぼさぼさの頭で、ぼーっとした表情のまま柴田が俺を見る。

「起きたの?」

「・・・はい」

柴田は、猫のように目を擦っている。

 

「お前、そろそろ服着て寝た方がいいんじゃない?風邪ひくよー?」

思ってもいないことを口に出してみたりする。

「あー、そうですね〜・・・そういえば寒いかも・・・」

柴田が自分の腕をさする。

「風邪ひいてもいいけどさ、俺にうつすなよ?」

「気をつけます・・・」

もぞもぞとシーツを首のところまで持ち上げて、柴田の大半が黒に覆われた。

 

「あれ?」

「・・・何だよ」

「真山さんもう支度出来てる〜!また先に行っちゃうつもりですか〜?」

慌てた様子で柴田がベッドから降りようとする。

「キミ、今日お休みじゃなかった?先週の土曜出張した代休とかで・・・」

「あー、そう言えば・・・」

「しっかりしろよー、係長」

俺は呆れて言い放つ。柴田が照れ隠しなのか、えへへと笑った。

「真山さんはしっかりしてらっしゃいますね」

「・・・誰かさんがしっかりしてくれないからね」

「すみません」

柴田がおずおずとシーツの中に戻っていく。

 

俺は、大袈裟にため息をついて上着を手に取った。

「パンあるからさ、適当に食っていいよ」

「あ、はい」

「まあ、火だけ気をつけて」

「・・・子供じゃないですよー?」

そう言いながらも子供のように膨れる柴田に軽く笑った。

 

「じゃあね」

上着を着て鍵を持ち、そして勿論ポケットには煙草とライター。

くたびれた財布を手に、玄関へと向かう。

「あ、待ってください真山さん」

「ん?」

振り向くと、シーツに包まったままの柴田がベッドの上で正座をしているようだった。

 

「いってらっしゃいませ」

 

深々と頭を下げた後、顔をあげてにっこりと笑う。

それから首を少しだけ傾げて、ゆっくりとした口調で続けた。

 

「お仕事、頑張って下さいね」

 

「・・・何?」

ワンテンポ遅れて、漸く口を開けた。

「新婚さんごっこです」

柴田が嬉しそうに応えた。

「ヤメテ?ね、縁起悪いし」

「素敵じゃないですか〜」

うふふ、と柴田が笑った。

俺は顔をしかめて、大きくため息をつく。

「バーカ」

その言葉が、俺に出来る精一杯の抵抗だった。

 

「じゃあね」

今度こそ、本当に玄関に向かう。

「弐係の皆さんによろしく言っておいてください〜」

柴田の白い腕がひらひらと動いている。

「・・・やだよ」

小さく呟いて、苦笑い。

 

 

がちゃりと扉を開けて、部屋を出る。

思えば、ここまで仕事に行くのが嫌な日は初めてかもしれない。

 

さっき柴田が言った「新婚」の二文字が頭をよぎって消えていく。

「・・・冗談じゃないよ」

誰にともなくそう呟いて、ポケットから煙草を取り出した。

早くも本日二本目。

今日は、煙草の本数が多い一日になりそうだ。

 

 

あーあ。

悔しいから、京大でもからかって遊ぼうか?

苦情は、柴田まで言ってくれ。

機嫌が悪いのは俺のせいじゃないから。・・・多分ね。