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一旦、弐係に戻ろうという話になった。 「いつもはすぐに帰るんだけどね」真山はそう言いつつも警視庁に向かった。
警視庁、地下三階。 弐係に二人は帰った。
「うわっ!真山さん、何で帰ってくんねん?」 部屋に入ると、第一声は彩の驚いた声だった。 「なんだよ、帰ってきちゃ悪いのかよ」 不満そうに真山が言い返した。 「・・・あ〜、でもかえってよかったかもしれへんなー。どのみちバレるんちゃう?」 「何の話?」 真山が怪訝な顔で彩に近づく。
「あ、近藤さん。明日でいいからさ、報告書の書き方、新人に教えてやってよ」 「はい。犯人逮捕できたそうですね」 「あ、はい。真山さんのお陰でなんとか」 「何もしてないって」 「いえ、真山さんのお陰です」
「なあ・・・真山さん」 「何だよ、さっきから」 「怒らへん?」 「だから、何が」 真山は非常に機嫌悪そうに彩につっかかる。 「いや、違うか・・・『怒らんといてあげて』って言った方が的確やな」 彩が言って、真山はやっと何かに気づいた。 「・・・お前ねぇ〜、事件の事、喋ったのかよ?」 「丁度いいタイミングで電話が来たんやもん〜。どうせ聞くことになるやろ?ちょっとくらい早くてもええやん」 「一切話さないようにしてんだよ」 「あ、そうなん?知らんかったわ〜」 「言ったら、こういう事になるでしょ?」
全くつかめない二人の会話を高野は呆然と聞いていた。 少し困ったように二人の会話を聞いていた近藤が、思いついたように高野に囁いた。 「よかったですね、会えますよ」 「え?誰にですか?」 高野が聞き返した瞬間、調書の棚の奥から声が聞こえた。
「きゃ〜!!」
この部屋では聞き覚えのない、女の声。
気がつくと、真山はいない。 声のするほうにいるんだと、暫くして悟った。 真山の声がその方向から聞こえてきたからだ。
「お前、何でここにいるわけ?ねぇ、なんで!?」 「いったーい!叩かないで下さいよ〜!」 「言うこと聞かないお前が悪いんでしょ?」 「いいじゃないですかー、少しくらい」 「事件が関わった時のお前の『少しくらい』は当てになんないの!」 悲鳴と同じ声の女の人と、真山の怒号。 高野は近藤に聞いてみた。 「誰かいるんですか?」 「だから、君の会いたかった人ですよ」 「え!?」 高野は慌てて顔を声のするほうに向ける。
「柴田さん・・・ですか?」 近藤の方を向くと、近藤が頷いた。 「でも、今はここにいないって・・・」 「ええ。今は休暇中なんです」 「お休み?」 「はい」
「正確には、真山夫人やなー」 彩がくすっと笑いながら解説をした。
「ここで彩さんとおしゃべりしただけじゃないですかー」 「お前の場合はね、おしゃべりで止まんないでしょ?捜査に行き始めるでしょ?」 「・・・駄目ですか?」 「あのさ、いい加減自覚してよ、ね?」
話しながら、真山と柴田純(正確には真山夫妻)が棚の奥から出てきた。 「あれ〜?」 柴田純がゆっくりとした口調で言った。 「はじめましてですね〜」 にっこりと笑う彼女のおなかは、大きく膨れ上がっていた。
「あ、あの・・・」 高野はパクパクと口を開けた。 後ろからすっと彩が近づいてきて、耳元で囁く。 「そういうコト。我が弐係長でアンタ憧れの柴田さんは産休中なのよ。・・・判る?」 目だけを彩に向ける。 「残念でした〜」 楽しそうに彩が笑った。
「言ったじゃん。研修生。お前の後輩だとよ」 真山が彼の妻に説明をする。 「あ、じゃあ東京大学ですか〜?」 「・・・はい」 「きゃー、偶然ですね〜。私もなんですよー」 感激した柴田純がてとてとと近づいて来た。 「柴田―、偶然やないんやでー。この青年な、アンタに会いたくてウチに研修に来たんやで〜?」 「えっ?本当ですか〜?」 「あの・・・僕、村上教授にお世話になりまして・・・」 「ああ、村上教授!お元気ですか〜?」 「はい。柴田さんのことをよく話していただきました」 「やだ〜、照れちゃいます〜」 柴田が頬に手を当ててもじもじする。 その異様な動きを見て真山がぺちんと頭を叩いた。 「怖いよ、お前」 「いったーい。いちいち叩かないで下さいよ〜。ドメスティックバイオレンスですよー」 「お前の頭にはね、これくらいの衝撃がないと正常に動かないの」 訳のわからないへ理屈は、真山の十八番だ。 柴田も拗ねているが、特に反抗はしない。
「真山さん、あとは近藤さんらとやっとくから、柴田連れて先帰り」 「え?いいですよー。私一人で帰れますよー」 「臨月やろ?その辺で出産されたらかなわんで。な、真山さん」 「・・・いい加減妊婦の自覚もってって言ってるでしょ?」 「すみません、仕事の邪魔して・・・」 「まあ、ええんちゃう?もう定時過ぎてるわけやし。アレやったら明日に仕事回しとくし、な?」 「はい。私も今日お稽古ありませんから」 「悪いね」 「・・・すみません」 柴田がお辞儀をしようとして、よたよたとなり、真山が手を伸ばして支える。 「・・・おい。気をつけろって」 「すみません・・・」
「じゃあ、帰るぞ」 真山が柴田に声を掛ける。 「はい」 柴田が真山の方を見て頷いた。 「失礼しました」 今度は、柴田は少しだけ頭を下げた。
二人はエレベーターに乗って、上に行く。 その表示を確認してから、彩が深いため息をついた。
「なんや、真山さん・・・ウワサどおりの過保護ぶりやなー」 あきれるように彩が言う。 「仕方ないですよ。柴田さんはよく転んだり、無茶されたりしますからね・・・」 「それにしたって、過保護すぎやろー。見てて恥ずかしくなるわ〜」
「あの・・・」 遠慮がちに高野が口を挟む。 「どうして言ってくれなかったんですか?柴田さんが産休だって・・・」 「あー、その事か〜?たいしたことやないねん。 柴田が産休って言うと真山さん途端に機嫌悪くなってな〜」 「え?」 「そうなんですよ。きっと照れてらっしゃるんだと思いますよ」 「なんだ・・・てっきり・・・」 「てっきり?なんやと思ったワケ?」 「柴田さんはもういなくなってしまわれたと思いました・・・」 「なんやそれ」 彩が大きく声を出して笑った。 「だって、皆さん深刻な顔をしてるし・・・空気もぴりぴりしてるし・・・」 「悪い悪い。そうやな・・・はっきり言わんで悪かったわ」 「真山さん、本当に怖いんですよ・・・?」
「ああ、でもなんだかわかりました」 高野がほっとしながら言う。 「何?」 彩が高野の方を見る。
「真山さんが、弐係を好きな理由」
「え?真山さん、弐係好きなん?」 「そうみたいですよ」 高野が笑った。
「へー・・・そうなんやー」 彩がニヤニヤと笑い、立ち上がった。
「じゃあ、弐係が大好きな真山さんに明日仕事をしてもらうとして、アタシらは飲みにでも行きましょーか?」
「え?今日ですか?」 「ええやろ?この彩姐さんがさそってんねんで?ありがたくついて来ぃや」 「は、はい・・・」 「近藤さんもやで〜」 「たまにはご一緒します」 「柴田と真山さんの話、たっぷり聞かせたるわ〜、行くで〜」
弐係の電気を落とし、三人はいつもの居酒屋に向かう。 酒の肴は、あの二人の話。 二人がいなくても、きっとこれ以上ない親睦会になるだろう。
「んがっ!!あれ?なんで真っ暗なんや? ねえさーん?真山さん?近藤さーーーん?誰か大事な人を忘れてませんか〜?」 |