December

 

 

12月の寒い風は、寒がりな真山さんにとって、優しくない。

 

そして、12月の真山さんは、私にとって、優しくない。

 

 

寒いと真山さんの優しさ成分は2割ほど減ってしまうのだ。

いつもの眉間の皺が深くなって、いつもより刺々しくなる。

 

 

いつもの真山さんの優しさの加減が好きだけど、トゲトゲの真山さんも嫌いじゃない。

拗ねてる子供のようで、ちょっとだけ、かわいい。

 

そんな風に思っていることは、もちろん本人には内緒だ。

きっと、怒られてしまうから。

 

 

 

 

「真山さん、寒いですね」

ここは、どこかの見知らぬ駅のホーム。

特に気温の低い、風の強い日。

隣にいる真山さんの顔を見上げて、私は言った。

「どっかの馬鹿が電車間違えて随分北の方に来たからじゃないの?」

真山さんは憮然とした表情で言った。

 

「・・・すみません」

「謝るならさ、素直に俺に行き先言ってくんない?訂正できないから、ね」

素直に謝っても、真山さんの眉間には皺が寄ったままで、少しもこっちを見てくれない。

「だって遠いとわかったら真山さん一緒に行ってくださらないと思って・・・」

「わかってんじゃん。その頭の良さを路線図見るときに発揮してくれない?」

「・・・すみません」

「・・・・・・もういいよ」

聞き逃してしまいそうな小さなため息が聞こえた。

「怒ってるんですか?」

「呆れてんの」

「何とお詫びすればいいか・・・」

「だから、もういいってば」

 

真山さんに言葉を遮られ、私は黙るしかなかった。

呆れているというより、真山さんは頑なに感情を外に出さないようにしているみたいだった。

 

寒さに負けて、無駄なエネルギーを放出しないように努めているのかもしれない。

こんな気温の時に、こんな状況に導いてしまった自分に、私自身呆れてしまった。

 

 

しばらくお互い無言でその場に居た。

もともと二人とも口数は多くないし、沈黙は度々遭遇するけれど、今はとても居心地が悪かった。

 

キンと冷えてしまった手に、息をはぁっと吹きかけて、気合を入れる。

 

 

「あの・・・」

「・・・何?」

相変わらず、こっちを見てくれない。

「真山さん、寒くないですか?」

「寒いよ。ホーム禁煙だし」

寒いのと禁煙は関係のない事柄のような気がするけど、

この緊迫した空気の中でそれを改めて問う勇気は私にはなかった。

一時間近く煙草を吸っていない真山さんの手は、手持ち無沙汰のようにポケットに収まっていた。

 

 

真山さんの顔は、丁度見上げるところにある。

私はいつも肩越しに、その日の空模様を知る。

今日は重い雲が垂れていて、なかなか回復しそうに、ない。

 

 

私はなんとなく、真山さんの顔を見上げるのを止めて、前に向きなおした。

真っ直ぐに揺ぎ無い線路が視界の中に通っている。

それが何故だか私の気持ちをほんの少しだけ暗くさせた。

 

それでもなんだか意地になって、前を向いたまま私は独り言のように真山さんに話しかける。

「電車、なかなか来ませんねぇ」

「だからさ、待合室に居ようっていったじゃん」

「もうすぐ来るかもって駅員さんもおっしゃってましたし」

「なんだよ〜。アテになんねぇなぁ〜、駅員」

 

 

今日二回目の真山さんのため息が白い。

私はそれが視界に入った瞬間、くるりと真山さんの方に顔を向けてしまった。

肩越しの空は、まだまだ重い雲が覆っている。

 

 

「あの・・・温かいコーヒーでも買って来ましょうか?」

「いいよ。迷子になられても面倒臭いし」

「そこに自動販売機見えてますし、それくらい大丈夫ですよ〜」

「いいって。後でコーヒーよりすんごいもん奢ってもらうから」

「はい・・・」

 

私より余程頑なな真山さんは、じっと前を見たまま淡々と私の言葉に答えてゆく。

なんだか引いても押しても無駄な一人相撲に心が折れそうになった。

 

 

ちいさくため息をついて、また線路を見る。

冷たいままの掌をため息で温めて擦り合わせた。

 

 

「・・・シバタ」

声がしたので顔を上げると、真山さんがこちらを見ていたので驚いた。

久しぶりに見た気がする正面からの顔は、ずっと見上げていた横顔より優しかった。

「はい」

私はなんとなく噛み締めるようにゆっくりと答えた。

多分神妙な顔をしているだろう私の表情を見て、真山さんがふっと笑った。

 

「やっぱさ、買ってきてコーヒー。ブラックだよ、ブラック」

「はい!」

 

私は久しぶりの真山さんの笑顔に浮かれて、すぐに自動販売機に向かった。

言われなくてもわかる。真山さんの好きな缶コーヒーの銘柄はちゃんと覚えている。

ボタンを押して出てきたコーヒーは熱いくらいだった。

 

 

「はい、どうぞ」

忠犬のように走って、真山さんの目の前に缶コーヒーを差し出した。

私に尻尾が生えていたら、千切れんばかりに振っていることだろう。

「・・・1本だけ?」

真山さんが距離の近さに迷惑そうな表情を浮かべた。

「え?2本も飲みますか?」

「お前のは?」

「私は結構です」

「・・・あっそ」

 

 

何か府に落ちなそうな真山さんは、なかなかコーヒーを受け取ってくれない。

「真山さん、コーヒー。冷めちゃいますよ?」

促すように言うと、真山さんは面倒臭そうに顔をしかめた。

 

「もうちょっと持ってろ」

「え?」

「あったかいでしょ、ソレ」

「ですから、あったかいうちに飲んでください」

ずいっと真山さんの目前まで差し出すと、真山さんに「近い、近い」と注意され頭を叩かれた。

叩きついでに、皮手袋をした真山さんの手が缶コーヒーを私の方に押し返す。

 

 

「手、冷たいんでしょ?それ持ってたらあったかくなるから」

 

ああ、と私はやっと真山さんの言葉を理解した。

 

 

2割減のはずの真山さんの優しさが3割り増しくらいになっていたことに、今やっと気付いた。

 

 

 

 

ふふふと笑うと、真山さんが気持ち悪そうに一歩私から離れてゆくのを感じた。

私はめげずに、一歩真山さんの方に近づいた。

「・・・何だよ」

機嫌の悪そうな真山さんの声。

「真山さん、間違ってます」

「何が?お前だけには言われたくないんですけど」

心外だと言いたげな真山さん。

「そういう時は、優しく手を取って下さるのが正しいやり方ですよ」

「何の?」

「ですから、こう・・・隣にいた女性の手が冷たそうな時の対処法ですよ」

ばしっ

「いったぁ〜い!真山さんのその手袋、ちょっと痛みが増しますね」

「煩いよ!ホント。黙ってろ、馬鹿」

馬鹿、馬鹿と繰り返しながら、真山さんは私の頭をもう3発、叩いた。

 

 

結構本気で痛かったので、もうそれ以上何も言わないことにした。

もしかしたら、私の指摘に真山さんはちょっと照れてたのかもしれない。

 

ちらりと真山さんを見ると、憮然としながら正面を見ていた。

横顔が、心なしかさっきよりも険しくなっている。

 

 

私はまだ温かいままの缶コーヒーを左手に持って、右手をそっとのばしてみた。

真山さんの手、というよりも真山さんの手袋は冷たかった。

 

「真山さんこそ、冷たいですよ」

真っ直ぐ前を見たまま言うと、真山さんが少しだけ握り返してくれた。

「革はね、風を通さないから手はあったかいの!」

拗ねているような口調だけど、手は振りほどかれない。

「そうなんですか・・・」

私がそう呟くと、真山さんが手を離した。

反射的に真山さんの顔を見上げると、真山さんの顔もこっちを向くところだった。

 

「あとですっげえうまいもん、奢れよ」

「彩さんに聞いてみます」

「木戸はアテになんねーよ。近藤さんにパソコンで調べて貰え」

「はい」

 

 

短い会話の後、真山さんがわざとらしくため息をついた。

「じゃあ、前払いね」

 

そして、私がさっき握っていた方の手袋を外した。

「寒い!柴田、手ぇ貸せ、手」

私が慌ててもう一度真山さんのほうに手を伸ばすと、真山さんの大きな手が私の手を捉えた。

ぎゅっと、今度は確かに手を握る感触。

 

 

「・・・缶コーヒーのほうがあったかいんじゃないの?」

「体感温度は、きっとこっちの方が高いはずです」

「あっそう・・・」

 

 

それっきり、私たちはまた沈黙に戻った。

でも、今度は心地いい沈黙。

 

 

真山さんの表情を見ようと顔を見上げたら、いつもの無表情な横顔だった。

けれど、肩越しの空の雲間に青空が見えた。

 

そうか。雲の上はいつでも青空があるんだ。

 

 

 

 

見ようによっては少し照れているような真山さんの横顔は、やっぱり少しかわいく見えた。

こんなこと、もちろん本人には内緒だ。

きっと、怒られてしまうから。