ブレイクタイム
いつも、強いと思う。 真山さんを見ていると。
けれども、ごくたまに見せてくれる弱い真山さん。 それは一瞬だったり、一晩だったり、どれも短い間なのだけれど。
本当にあの人と同じ人かと疑いたくなるくらい脆くて、小さくて 私はそんな真山さんに何もしてあげられないことを嘆かずにはいられない。 けれど、同時にそんな弱さを見せてくれることに涙が出るほど嬉しくなったりもする。
「柴田」 その日も、真山さんが私を呼ぶ声に何も弱さを感じなかった。 なので私はベッドの上に座って本を読むのに夢中だった事もあって いつもそうするように本から顔を上げないで答えた。 「なんですか?」 「別に?」 そのやり取りもいつも通りで、私はそのまま本のほうに意識を戻した。
しばらく経って、ベッドが軋む音で顔を上げると、そこに真山さんの顔があった。 驚いて、一瞬眼を大きく開けてしまった。
私たちは、この部屋に一緒にいても距離を置くことが多い。 近づくのは大抵私だったりもする。 なので、この状況はとても珍しい事であったのだ。
「・・・どうしたんですか?」 本を膝の上に乗せて、なるべく普通どおりに訊いた。 「別に」 さらりと真山さんが返してくる。 そして、真山さんの手は私の膝の上の本を手に取り、ベッドの下にどけてしまった。 「なんとなく・・・ね」 真山さんの言葉が何かの言い訳のように聞こえた。 けれど、その時点では私は真山さんの表情を見ることは出来なかった。 私は方向をくるりと変えられ、真山さんに後ろから抱きしめられているような体勢になっていたからだった。 私の体は真山さんの立てた両膝の間にすっぽりと収まっている。 右肩が重くなった。真山さんの顎がそこに乗っかっている。 こうして後ろからだっこされるのは嫌いではなかったが、真山さんの顔が見えない。それが少し気に入らなかった。
私たちは暫くそのままの体勢でいた。 真山さんとの間の沈黙は、怖くはない。 もともと、二人とも口数はさほど多くはないと思う。 全てを話しているわけでもない。むしろ相手のことで知らない事の方が多い。 その気になれば幾らでも話題はあるのだと思うのだが、二人とも敢えてそれをしないのだ。 結論をつけるとしたら、二人とも沈黙が好きなのだ。きっと。
「・・・なぁ」 その沈黙を壊したのは、真山さんの方だった。 「なんですか?」 二人とも、小さな声だった。それで十分だったから。 「最後に風呂入ったのって、いつ?」 「あー、昨日・・・は忙しくて、ちょっと・・・」 「・・・おい」 呆れたような物の言い方だったが、声は優しかった。 「臭います?」 「・・・臭います」 私の問いに真山さんが軽く笑って答えてくれる。 「おかしいなぁ・・・」 私は呟いた。 実は、真山さんに言われるまで頭が臭いなどという指摘を受けた事がなかった。 なので、自分の頭が臭うという認識したのは、つい最近の事で本当のことを言うとまだよくわからない。 でも、真山さんの頭のにおいはいつもシャンプーのいい匂いがした。 ・・・それを普通と言うなら、臭い方なのかもしれない。
「もう慣れたけどね」 真山さんが笑いながら言う。 「そうなんですか?」 「うん・・・でも別に臭いままでいいって言うわけじゃないから。ね?」 今日の真山さんは言い方だけで声が優しい。 「・・・はい」 私が返事をすると、真山さんの手が頭を撫でてくれた。
優しさは、いつも強さから来ると思っていた。 いつか読んだ本に、そう書いてあったから。 それを覆す訳ではないけれど、そうじゃない時もあると思う。 優しい時は、自分が優しくして欲しい時でもあるのではないか。 それは、言い換えれば弱さとか甘えとかそういう類の感情で、 きっと誰にでもあると私は思うのだ。
「・・・真山さん」 「んー?」 肩から伝わってくるこの人の声の振動は、どんなマッサージよりも効果的だ。 「真山さんも、なでなでしてあげますね」 「・・・・なんで?」 真山さんが笑ったのがわかった。 「お礼です」 「なんの?」 「・・・ぜんぶのことの」
私は利き手で、肩に乗っている真山さんの頭を撫でた。 髪の毛の流れと逆らわずに撫でるのが一番気持ちいいというのを知っていたので、その通りにやる。 これは、真山さんが私にしてくれる動作そのものだった。 撫でていると、真山さんの力がすーっと抜けていくのがわかる。 顎が乗っている肩が、少しずつ重くなってきたからだ。
こんな真山さんは、本当にごく稀で。 あの強い男のひとに、こんな面があるなんて思ってもみなかった。 誰にでもある弱さを、この人も持ち合わせているのだとどこか安心した。
こんな綺麗な弱さを持つ人が、あんなに強いという事に、やっぱり私は憧れてしまう。 この人の弱さを含めた強さが凄く好きなのだ。
「・・・柴田」 「はい」 「もう、寝よっか?」 「そうですね」
きっと、眠りについて目が覚めると、真山さんはいつもよりほんのちょっとだけばつが悪そうにおはようを言うのだ。 こんな日の次の朝は、決まってそうなのだから。
そのときの、真山さんの子供のような表情を私はとても好きだけれど、その事は真山さんにも秘密にしようと思う。 あの顔を二度と見られなくなってしまうのが嫌だから、という私の我儘のために。
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