9:喧嘩
「真山さんの馬鹿!もう知らない!!」 珍しく、柴田が一人で弐係に帰ってきた。 確か、彼女は真山氏と一緒に捜査に行ったはずであった。 やけに思いカバンを机の上におろし、座布団の付いている自分の席にちょこんと座った。
「あ〜、もう腹立つ。なんやねん、アイツは!!」 弐係に彩が怖い顔をして帰ってきた。 確か、彼女は30分程前に斑目氏に電話をしに行って、そのまま帰るはずだった。 ちっと舌打ちをして、携帯を乱雑に机に置いて、自分もどっかと少々荒く座った。
「・・・彩さん、どうかなさったんですか?顔が怖いですよ?」 少々の沈黙の後、先に口を開いたのは柴田だった。 「あ?もとからこんな顔やねん。悪かったなぁ」 彩は、不機嫌そうに煙草を咥えながら答えた。 「・・・なにか、嫌なことでもあったんですか?」 柴田が、おそるおそる聞く。鈍感な柴田に見破られるほど、彩の気が立っていたのだ。
「むっかつくねん、あの男・・・」 彩がいつもよりも低いトーンでポツリと呟く。 「あの男って・・・どなたですか?」 「斑目や、斑目。あの冷血鉄仮面男」 「ああ、斑目さんと喧嘩でもなさったんですか?」 「喧嘩ちゃうわ。悪いのはアイツでアタシが一方的に怒ってるだけやから」 そういった瞬間、彩の口に咥えていた煙草が落ちた。 「あちっ!」 それは彩のスカートの上に落ち、彩がますますしかめっ面で拾う。 「くっそ〜、なんやねん!腹立つのう!!」 彩が、ガツンとデスクの足を蹴った。
その様子を静かに見ていた柴田が、ポツリと口を開いた。 「実は私も、すこし真山さんに怒っているんです」 「何や?あんたらも喧嘩してるんかいな」 「いえ、喧嘩ではありません。私が勝手に怒っているだけですから」 「あ〜、アタシとおんなじやなぁ」 彩がにやっと笑う。 「真山さんなんて・・・もう知りません」 柴田は真っ直ぐ前を見て、決意したように呟いた。
女二人が、それぞれの言い分を勝手に言い始めた。
「大体さぁ、アイツはなんなわけ?アタシの彼氏?それとも元彼?はっきりして欲しいわ!」 「いつも定時気になさるんなら、もっとすんなり捜査に行ってくれればいい思います」 「いつもなんか『見守る男』気取りやがって。アタシが欲しいなら取りに来いっちゅうねん」 「頭も臭いんだったら、嗅がなきゃいいと思うんですよね!」 「大体アイツ、ヘンに自惚れるくせして、心配性やねん。合コンくらい、黙って行かせるもんやろ〜、普通」 「綺麗な格好をしろっていつもおっしゃるくせに、私が綺麗な格好をすると機嫌が悪くなるのも、やめて欲しいです」 「アイツの家のトイレットペーパー、なんで花柄やねん!普通に引くわ!」 「寝るときに、何気にくっつきたがるくせ、みんなに言いふらしますからね!」
「斑目の外人顔、冷徹感、鈍感、自意識過剰、心配しぃ、少女趣味〜!!」 「真山さんの変態、つんつるてん、天邪鬼、匂いフェチ、ヤキモチ妬き、寂しがり屋〜!!」
そこまで一気に吐き出して、二人は顔を見合わせた。 「柴田さぁ、そんなに悪い男なんやったら、別れればいいやん」 「彩さんこそ、そんなに嫌な方でしたら、もうさよならした方がいいんじゃないですか?」
そして同時に、ため息をついて言った。
「だって、離れられへんのやもん」 「だって、一緒にいたいんですから」
彩が、ニッと笑った。柴田も、笑い返した。 「柴田、これから飲みに行かへん?」 「いいですね〜。なんだか今日は思いっきり飲みたい気分です」 「アンタ酒ダメやんか・・・まぁええわ。今日は特別。彩さんがおごったる」 「本当ですか?わ〜、ありがとうございます」 「今日は無礼講や。とことん飲むで〜!!」
二人が同時に立ち上がり、帰ろうとしたとき、彩の携帯が鳴った。 「も〜、誰やねん。これからいいところなのに・・・」 彩がサブディスプレイの表示を見て、嬉しそうに微笑んだ。 「・・・斑目さんですか?」 「そうみたいやねん。ちょっと待っててな。今、怒鳴ってやるからな」 柴田が首をゆっくりと振った。 「私のことはいいですから、ちゃんと仲直りしてください」 「シバタ・・・」 「ほら、電話切れちゃいますよ?せっかく斑目さんかけてきてくださったのに」 「…ごめん柴田。また今度おごるから、な?」 「はい。楽しみにしてます」 「ホンマ、ごめんな!」 そういって、彩は電波のあまり良くない弐係を出て行ってしまった。
「よかったですね、彩さん」 柴田まで嬉しそうに微笑んでいた。 「あーあ、さすがだな〜。斑目さん。しっかり電話いれて下さるなんて」 そう呟いて、視線を自分の向かいのデスクに向けた。
真山さんは、きっと電話もしてくれないんだろうな。 わかってるけど、やっぱりちょっと寂しい。
はぁと大袈裟にため息をついて、机に突っ伏した。 「今日は、ここに泊まっちゃおっかな〜」 どうせ、調書が読みたかったし。 何故だか、家に帰る気はしなかった。 「あ、お風呂・・・まいっか・・・」
「よくないよ」
「え?」 扉のあたりを振り向くと、そこには真山が不機嫌そうに立っていた。
「真山さん・・・どうして?」 「お前さ、なんでそうやって風呂入るのないがしろにする訳?臭いんだってば。自覚して?」 コツコツと足音を立てて、だるそうに真山が近寄ってきた。 「どうして、こんなところにいるんですか?」 「・・・お前がこんなところにいるからでしょ?」 「意味が、わかりません」 「何すねてるの?」 「別に、すねてなんていませんよ」 柴田はぷいっとそっぽを向いた。
「あ、何?途中で置き去りにしたの怒ってんの?」 「・・・・・・」 「アレはさぁ、お前気付かなかった?斑目が俺の後、付けてきてたんだよ」 「また、そんな嘘を・・・」 「本当だって。・・・あいつさ、木戸の誕生日プレゼントがなかなか決まらなくって俺に相談したかったんだって」 「え?それでなんで真山さんを尾行するんですか?」 「なんか、言い出しにくくってくずくずしてたら俺が捜査に出ちゃったもんだから、いつものくせで尾行したんだってさ。馬鹿だね〜」 「・・・なんで私を置いていったんですか?」 「だってさ、斑目に怖い顔で尾行されたらまたなんか事件かと思うじゃん。 お前まで巻き込んだら、またややこしくなるかなと思ってさ」 「・・・本当に?」 「お前もさ〜、もう子供じゃないんだからアレくらいの距離、一人で戻れるだろ?都内だよ、都内」 「でも、迷子になって・・・怖かったんです」 「馬鹿じゃん」 「真山さ〜んって助けを呼んだのに、来てくれなかったじゃないですか」 「当たり前でしょ?俺はスーパーマンじゃないんだよ?聴こえるかっての、馬鹿」 「そんなに馬鹿馬鹿言わないで下さい」 「だって馬鹿じゃん。馬鹿馬鹿ば〜か」 「こんな馬鹿ほっといて、帰ったらいいじゃないですか」 「・・・だって、ほっといたらまたお前風呂入んないでしょ?」 「真山さんには関係ないじゃないですか」 「あのね、お前の臭い頭の匂いを嗅ぎながら仕事しなきゃいけない俺の辛さもわかってよ、ね?」 「・・・・・」 「し〜ばた」
「面倒臭ぇなぁ・・・よっ」 真山が突然柴田の体を抱き上げた。 「きゃ!何するんですか〜!?」 そして、デスクの上に、そっと下ろして、座らせた。 「お前さ、いい加減機嫌直せ」 真山は柴田をまだ抱きかかえるように手を添えている。 「嫌です。真山さんが謝ってくれるまで直しません」 「何で俺が謝らなきゃいけないわけ?悪いのは斑目と、方向音痴のお嬢さんでしょ?」 「真山さんって、絶対謝らないですよね?」 「だって、俺悪くないもん」 「もういいです!下ろしてください」 柴田が強引に真山の腕から逃れようとしていた。 「ちょっと、じっとしとけ」
真山が、柴田にキスをした。 それは、いつもより長く、深くて。 柴田の力を抜くのには十分だった。
真山がゆっくりと柴田から離れた。 もう、柴田は逃げようとしない。 ただ、頬を赤らめて呆然していた。
「帰るよ」 真山が扉の方にむかって歩き出した。 「え?どこにですか?」 「・・・俺の家に決まってるでしょ?その臭い頭、どうにかしないとね」
とたとた。 柴田が重そうなカバンを抱えて真山の後についてくる。 「真山さん、今のって・・・」 「ん?」 「ごめんねのキス、ですか?」 「馬鹿。何で俺が謝らなきゃいけないの?したかったから、しただけ」 「嘘だ〜。少しは悪いと思ってくださっているんでしょ?」 「思ってるわけないでしょ?ほら、早く来ないと置いていくよ〜」 「あ、もう待ってくださ〜い」
「で、何でアタシの誕生日プレゼントが高級バナナなわけ?」 「真山さんオススメの一品だ。これはすごいぞ、彩」 「アンタなぁ、いくら師匠のお見立てやからちゅうて、鵜呑みにするアホがどこにおんねん!」 「彩。一本食べてみたらどうだ?」 「は〜あ。こんなもん貰うくらいやったら、自分でリクエストしたらよかったわ・・ いっただきま〜す」 「どうだ?美味いだろう?」 「えっ!何これ?めっちゃ美味いやん!!」 「だろう?」
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