8:櫛

 

 

「ああ〜!!」

静かな弐係に、金太郎の大声が響く。

 

しかし、弐係の面々は慣れているのか、関心がないのか、誰一人として金太郎の方を見ようとしない。

柴田は調書を読んでるし、真山は爪を切っている。

近藤はパソコンでなにやら打ち込みをしているし、彩もネイルを綺麗に塗っていた。

 

「ひぃぃ〜!!」

 

金太郎の声がまた響いた。

しかし、誰一人として顔すら上げようとしない。

金太郎は、ここではそういう存在なのだ。

 

「ぎゃ〜!!・・・ごふっ」

金太郎が、三度目の悲鳴を上げたその瞬間、彩の鋭いチョップが金太郎の喉下にヒットした。

「もう〜、なんやねん。アンタ、さっきからうっさいねんけど?」

彩姐さんがお怒りだ。

爪やすりが、まるでドスのように見えるのは気のせいであろうか?

「す、すんません・・・。でもこれ見て下さいよ、姐さん」

そういって金太郎が彩の前に差し出したのは、ブラシだった。

 

「・・・何よ、これ?アタシに貢ぎたいなら、コーチのカバンしか受けとらへんでぇ?」

「違いますやん。これ見てください。この髪の毛の量」

「髪の毛ぇ?」

そういわれて、彩はそのブラシをじっと見た。

そのブラシには、十本以上の髪の毛が付いていた。

「何やアンタ、髪の毛ぎょうさん抜けてるなぁ」

彩の何気ない一言に、金太郎が大袈裟によよよと反応する。

 

「さすが姐さん!!そうなんですよ!!最近なんでか髪の毛がようさん抜けるんですよ!!何でやと思います?」

「アンタ、ハゲるんやない?」

彩がばっさりと切る。

「…や、やっぱりそうなんやろうか?」

「アンタ、頭見せてみぃや。やばいかどうか、見たるでぇ?」

彩が、嬉しそうにニヤニヤと笑いながら近づいた。

「ええです、ええです!大丈夫なんです。ウチの家系、絶対にハゲへんのですわ・・・」

金太郎がじりじりと逃げる。

「何やてぇ?何怯えてんの、アンタ。大丈夫、痛くせぇへんからさ〜。あ、アタシナース服着てたこともあるし」

「どうせイメクラかなんかでっしゃろ?」

「ちっ、この素人童貞が・・・素直にしてたら、痛くせぇへんかったのに・・・」

ぶんぶん金太郎が激しく首を横に振る。

「いいから、見せろっちゅうねん!」

彩の蹴りが見事に金太郎のみぞおちに入った。

ぐふぅと、変な声を上げて金太郎は、そこに倒れこんだ。

 

倒れこんだ金太郎の髪の毛を掴んで、彩が頭皮のチェックを始めた。

「あ〜、これはなかなかキてんな〜。やっぱりアンタ将来ハゲるわ。いいとこなしやな、ホンマ」

「ほっといてください・・・」

金太郎が、虫の息で抗議する。

「あ、電話しよか?あのよくテレビで流れてるやつ。あんた、乙葉と吉岡美穂、どっちがええの?」

「誰っすか?それ?」

「あ〜、アンタ疎いもんな〜。なんやっけ、電話番号・・・クログロ(9696)か、ふさふさ(2323)どっちがええ?」

「え〜っと、じゃあふさふさで」

「彩さん、やめてください!」

彩が、携帯に手をかけたその時、いつの間にか柴田がそばに来ていた。

急に柴田に怒鳴られ、彩はぽかんと柴田を見上げた。

「何が?」

 

「ですから、ハゲだとか、つるつるとか大きな声で言うのやめてください!」

「・・・何で?」

「もう、ウチにはハゲてらっしゃる方もいるんですから!そういうの、敏感なんですよ〜!!」

「はげてる方・・・って誰?」

「まさか、近藤さん・・・?ヅラでっか?」

「え?皆さんご存知ないんですか・・・?」

「何、近藤さんちゃうの?ってことは・・・」

 

その瞬間、真山の綺麗な回し蹴りが柴田にヒットした。

「うう・・・。痛いです、真山さん・・・」

柴田が、その場にうずくまった。

「誰がハゲだって?誰が敏感なんだって?」

「だって、真山さん。以前私にハゲの事おっしゃってくださったじゃないですか〜」

「真山さんが、ハゲ・・・?」

「あのね、俺のはハゲじゃなくって”円形脱毛症@ァ派な病気なの!ストレスが原因の。ね?

あ〜、ほらやっぱり俺って繊細だからさ〜」

「真山さんが、繊細??」

「でも真山さん、シャンプーする時、髪の毛いっぱい流れるじゃないですか〜」

「あ?アレはお前の髪の毛でしょ?お前たまにしか洗わないからさ、たまに洗うとすっげぇ抜けるんだよ。

お前こそハゲじゃん。はーげ」

「え〜?でも真山さんちころころすると、短い毛がいっぱい付くじゃないですか〜。

あれって私のにしては短いですよ?真山さんの毛だと思ってましたけど?」

「い〜や、お前のほうがベッドにいっぱい髪の毛落としやがって。次の日、掃除が大変なんだからな?」

「もう、そんなこと言うなら真山さんのお家になんか絶対泊まりませんからね!」

「おお、できるもんならやってみな。もうお前にシャンプーなんかしてやらないからね?」

「べっつにいいですよ?」

「へぇ、えらい強気じゃん」

「私だって、やるときはやるんですからね?」

「はいはい。せいぜい頑張って〜」

 

ケンカをしながら、二人は自分の席に戻っていった。

 

残された金太郎と彩がぼうせんとしていた。

「・・・姐さん、アレはケンカをしにきたんですかね?のろけにきたんですかね?」

「両方やろ」

 

 

次の日、始業時間に、昨日と同じ服でさらさらの髪で来た柴田と、

一緒に来た真山を見て、金太郎は改めて男女間の不思議を考えるのであった。

 

「よく言うやろ?夫婦喧嘩は犬も食わないってね?アレよ、アレ」

彩だけが、全てをわかったようにそう金太郎にこっそりと言うのであた。