いち:寂しい夜  

 

 

 

 

この人がとても好きなのに、どうしてこんなに寂しいんだろう。

一緒にいるのに、どうしてこんなにも。

好きだから寂しくなる。

あなたも、そうなんでしょうか。

 

 

 

夜中に、不意に目が覚めた。

熟睡派の私にしては珍しい。

あまり良くない夢を見たからだ。

全てを、失ってしまう悲しい夢。

ここは、真山さんの部屋、真山さんのベッド。

暗がりの中で真山さんを探す。

すぐ隣にいると思ったのに、彼はいない。

毛布ごと起き上がって真山さんの姿を探した。

 

窓の脇にも、金魚の前にも真山さんはいなかった。

けれども、静かな部屋に響く水音で彼の居場所がわかった。

 

 

真山さんから借りたスエットだけでは寒くって、毛布をかぶったまま音のするバスルームへと向かう。

そしてドア越しに声を掛けた。

「…真山さん」

シャワーの音のせいで私の声が聞こえないのか、返事はない。

それが私の寂しさを煽った。

「真山さん」

さっきよりは大きな声を出して、呼びかけた。

それでも返事はない。

「失礼します」

一応一声かけて扉を開ける。

真山さんの顔を見て安心したい。何故か気持ちがはやっていた。

 

かちゃりと小さな音を立てて、扉が開く。

怖がなせいなのか、それとも刑事であるからか、真山さんは物音に敏感だ。

しかし、今日の真山さんは違っていた。

音に気付きもしない。

それは、シャワーの音のせいもあるだろう。こちらに背中を向けているせいでもあるだろう。

でも、それだけではない気がした。

 

 

だって、真山さんはシャワーを浴びながら泣いているみたいだったから。

 

 

声もあげず、ただ黙って耐えているようにうなだれて。

震えている背中が、私には泣いているように映った。

 

切なくなった。

そんな風に、真山さんが泣くのをはじめて見たから。

 

もしかしたら、泣く所を私に見られたくなくてシャワーを浴びているのだろうか。

そんなことが一瞬頭の中を過ぎったが、それでもじっとしていることが出来なかった。

 

毛布をその場に落として、服のままバスルームに入る。

ぱしゃぱしゃと素足が水を跳ね上げる。

そのまま、真山さんの腕を掴んだ。

本当は抱きつきたかったけれど。

 

いきなりでビックリした真山さんが、こっちを勢い良く振り返った。

「…な、なにしてんの?」

真山さんの目が赤い。

それを見て、今度は私が泣きたくなった。

涙が突然出てきた。

それを見て、真山さんが優しくため息をついた。

「濡れるよ?」

濡れてもいいと言いたかったが言葉が出なくて、頷くことしか出来なかった。

私を気遣ってくれる真山さんにまた涙が出た。

真山さんがシャワーを止めて、濡れた手で頭を撫でてくれた。

「どうした?」

低い真山さんの声がバスルームに響く。

真山さんを見上げた。

「…寂しいんです」

ひっくひっくとしゃくりあげながら、やっと言葉が出てくる。

「何が?」

優しい真山さんに言葉を返すことが出来ない。

 

一人で目を覚ますことが。

あなたが隣にいなかったことが。

あなたが一人で泣くことが。

私に黙って一人で。

 

何よりも、私に弱みを見せないあなたが、寂しかった。

 

 

ゆっくりと真山さんのほうに手を伸ばすと、意図を汲んでくれるように腕が掴まれた。

濡れている真山さんの体に引き寄せられる。

直接肌に触れることが出来て、やっと安心できた。

 

「嫌な夢でも見た?」

子供に聞くように真山さんが聞いてきた。

それも当たっているので、軽く頷く。

私の軽い反応に真山さんが気付いたらしく、体を離した。

「どうした?言わなきゃわかんないでしょ?」

真山さんの真剣な目。

さっきまでの寂しさが少し軽くなった。

 

「…真山さん」

ゆっくりと真山さんの頬に触れる。

「何」

真山さんはそれを気にも留めていない。

「好きです」

目を見つめて真っ直ぐ言ったのは久しぶりだった。

真山さんは真意を汲みかねているようで、ただ黙っている。

 

「真山さんのことすごく好きなんです」

真山さんが困ったような顔をした。

「知ってるよ」

私は頭を振った。

「嘘です。真山さん全然わかってません」

「は?」

「もっともっと信じて下さい」

シャワーから雫が滴って、音が響く。

 

「私が真山さんを好きな気持ち、もっと信じてください」

 

「…柴田」

真山さんの諭すような口調が聞こえる。

「私は真山さんのこと嫌いになりませんから。どんな時も」

その言葉を聞いた真山さんが少し笑った。

 

「…わかった。悪かったな」

私の言いたいことが伝わったんだろう。

照れ臭そうな真山さんの表情に私の気分が和らいだ。

「一緒にいさせてください。…私のそばにいてください」

真山さんが何度か頷いて、そしてもう一度髪を撫でた。

「とりあえず、一緒に風呂はいる?」

いつかと同じ台詞。

私は笑って、頷いた。

真山さんがそれに答えるようにニッと笑った。

 

 

 

色々な表情のあなたを、私に見せてください。

新しいあなたを知るたびに、きっとこの想いは募ります。

あなたの強さも、弱さも、喜びも、嘆きも。

それが見えるたびに、私のこんな寂しさは消えるでしょう。

 

知って下さい。

一人で泣かなくてもいい事を。

傍に、私がいる事を。

いつでも、私がいる事を。