66:ポリシー
冬は日が暮れるのが早い。 今日も、まだ5時前だというのに夕暮れを通り過ぎて夕闇がすぐそこまで迫っていた。 …だというのに俺の目の前をてけてけと歩く熱血刑事魂馬鹿女は、捜査を終わらせようという気配が全く見られない。 俺は本日8本目となる煙草に火をつけた。
調書を読みながら何か呟いているこの女は、どういう思考回路で生きているんだろう。 女の頭の中を覗きたいと真山は一瞬思ったが、 万が一それが目で見れたとしても、自分にとって思わしくない結果だとわかりきっているのですぐに興味が失せた。 きっと女の頭の中は、捜査とか捜査とか捜査とかの事でいっぱいなのだろう。 別にその中に自分のことがないのは、気になりはしない。 (というか、この女の頭はきっと二重構造で出来ていて第一の層を捜査が占めてはいるが、 第二の層には間違いなく自分のことで占められているんだろうという自惚れからでもあるが) この変に人目を惹く服装にも、もう慣れた。 逆に良く迷子になる女を見つけるときには丁度いいとさえ思う。 後は…
「ねぇ、カカリチョー」 真剣に、というよりも一心不乱にと言った様子で捜査資料に目を通す柴田の頭を叩いた。 「いたっ!…何するんですか〜?」 それでもワンテンポ遅れてこちらを睨み返した女に少し苦笑をした。 「ねぇ、もう定時過ぎたんですけど?」 「え?もうそんな時間ですか?」 気持ちいいくらいにこちらの思い通りの答えが帰ってくる。 「うん。見える?時計」 自分の腕時計を見せるというよりも、腕で柴田の目を押さえつけるようにして、柴田を攻撃する。 俺の腕に押されて、よろよろと後ろに倒れそうになっている柴田を見てうけけと笑った。 「や、やめてください〜」 必死にばたばたともがく柴田の間抜けな様を気が済むまで堪能すると、俺はようやく柴田を解放した。 「酷い…」 楽しそうに笑う俺の顔を見て柴田が呟いた一言を、俺は聞かなかったことにした。
「ね、帰ってもいいでしょ?」 俺の声に柴田は少し残念そうで焦った表情を浮べた。 「え?あ〜…もう一軒だけ…聞き込みに行きたいんですけど…」 言い難そうに、柴田がこちらの様子を伺うように切り出した。 「やだ。寒いもん」 きっぱりとその申し出を断る。 「寒いって…随分個人的な理由なんですね…」 「そ?立派な大義名分だと思うけどね。特に理由もなく可哀想な部下を連れまわす無神経カカリチョーとくれべれば」 「…それって私のことですか?」 「あ?自覚あるんだ」 「理由なく連れまわしてないじゃないですかー」 「じゃあ、言ってみな?理由」 「『刑事魂』です」 「…は?」 「事件を解決するために、昼夜問わず真実に向かってひた走る。それが私のポリシーです!!」 「…で?」 「え?」 「別にお前のポリシーなんか知ったこっちゃないんだけどさ。 何で俺はお前のそのご立派なポリシーにつき合わされなきゃいけないわけ?」 「はぁ…まぁ、そうなんですが」 「でしょ?ね、お前も納得した?じゃ、俺帰るから」 「えぇ〜?まやまさぁ〜ん」 「キミはキミのポリシーに従って、ボクはボクのポリシーに従って生きましょ?」 「…ちなみに真山さんのポリシーとは?」 「『寒い日は家に帰ってとっとと寝る』」 「…なるほど」 「ってわけで、俺帰るから。直帰。じゃあ、捜査頑張ってね〜」 「あっ!あぁっ!!…」 ばしっ 「公道で変な声出さないで?ね」 「あー、あの…帰っちゃうんですか?」 「うん」 「えっと…捜査は?」 「だから、頑張ってって」 「一人で、ですか?」 「そうなるんじゃない?」 「はぁ。…真山さんは心配じゃないんですか?」 「何が?」 「…私のことが」 「……」 「わーごめんなさい。馬鹿です」 「わかってんなら、良し」 「でも、ほら、私方向音痴だから、道迷っちゃうかも…」 「慣れてんじゃん」 「あー、どっかで凍死するかも」 「気が向いたら、線香の一つぐらいあげてやるよ」 「…冷たいんですね」 「そう?普通でしょ?」 「…じゃあ、私捜査もう少し続けますので、真山さんはお帰りになって下さい…」 「柴田」 「……」 「ごー」 「……」 「よーん」 「……」 「さーん」 「…真山さぁーん」 「柴田さん、今日の捜査は?」 「終了です」 「ん。じゃあ帰ろっか?」 「はい」
「あ、もう8時過ぎてますね」 部屋のドアを開けた瞬間、女が自分の腕時計を見て言った。 「そんなもんじゃいの?メシ食って帰ってくれば」 適当に靴を脱いで部屋に上がる。 「そうですよ、ねー」 何故か嬉しそうな女がうふふふと笑った。 「何にやにやしてんの?気持ち悪ぃ」 「真山さんのおうち、久しぶりだなーって」 柴田がベッドに座った。 「お前、捜査にのめりこみすぎ」 俺は背広とネクタイをハンガーにかけた。 「別に真山さんを忘れてるわけじゃないですよー?」 柴田は甘えたような声になり、ベッドにゴロンと横になった。 あ、っと背広のポケットに煙草を入れていた事を思い出し、取り出した。 「…知ってるよ。捜査の間はいっつも付き合わされてんじゃん」 「そういうことじゃあ、ないんですよねー」 柴田の声が段々聞き取りにくくなって来た。 煙草を一本咥える。今日9本目だ。 「…真山さん」 「んー?」 柴田のほうを見ずに答える。 「明日は、捜査…行きましょう、ねー…」 「やだよ」 俺の返事に柴田がふふと小さく笑った。 そして、呼吸が深くなる。 一度、顔を上げて柴田のほうを見ると長い睫毛はもう伏せられていた。 すーすーとかすかな寝息が聞こえる。 その耳慣れた音に安堵を覚えて、俺はベッドに寄りかかって座った。
「…手間かけさせやがって」 ぼそりとそう呟いて、柴田の顔にかかった髪の毛を払ってやった。 俺の部屋に柴田が来なかったのは、3日。 柴田の目の下のくまを見る限り、その期間ろくに寝てないのだろう。 本当に、コイツの頭の中は捜査でいっぱいだ。 それはまあいいとして、自分のことを忘れるのが一番厄介だ。 眠りもせず、食べもせず、捜査のことに熱中している姿は柴田が一番生き生きとしているので出来れば妨げたくない。 けれど、そのまま倒れてしまいそうになるのを黙って見ている訳にも行かず。 こうして、たまに余計なおせっかいを焼いてやる。 飯を食わせて、そのままこの部屋にほっといておくだけで、柴田は勝手に寝るから。 「まるで半野良だな、お前」 眠っている柴田に向かって言うと、柴田がタイミングよく鼻を掻いた。 その仕草が猫のようで、ちょっと可笑しい。
お前の大好きなことに、好きなだけ熱中すればいい。 でも、時々はこうやって一息つく事を覚えておいて。 そして、時々俺の元に。
口に出しては言わないけれど。 だってそれが俺のポリシーだから。
…口に出さなくったって、わかるだろう?柴田
「あ」
「…先に風呂、入れとけば良かった…コイツ頭くせー」
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