64:ピンチ

 

 

 

 

 

いつも、一緒にいたいと願う。

 

でもそれは自分勝手な願いだと思う。

 

あの人がそれを願ってなければ、悲しいくらい身勝手な願いだと。

 

 

 

部屋の中に二人でいる。

ベッドの上の真山さんと、部屋の隅で壁にもたれている私。

距離にして約3メートル。

 

真山さんは煙草を吸いながら、ぼーっと天井を見上げている。

私はそんな真山さんをぼーっと見ている。

 

時間にして30分近く二人ともこうしている。

別に喧嘩した訳でも、気まずい訳でもない。

 

ただ少し、真山さんが息苦しそうに見えただけ。

ほんの少しだけ。

なんとなく、無理に笑っているように感じただけ。

 

だから私はなるべく自然に、真山さんから距離を置いた。

隅の方でじっとして、置物のようになってみた。

それでも、この部屋から出て行かないのは、ほんの少しだけ残っている私の我侭。

すみません、真山さん。

まだいい女になるのには、成長が必要みたいです。

 

 

真山さんが咥えていた煙草を手に持った。

その煙草をじっと見つめている。

私は、その行動の意味ががわからなくて、軽く首を捻る。

 

「・・・なぁ」

煙草をじっと見つめたままの独り言のように聞こえたが、私に話しかけているように思えて顔を上げた。

「なんでそんな隅っこにいんの?」

「え?」

「・・・俺、なんかしたか?」

その真山さん言い方が少しかわいらしくて、私は思わず笑ってしまった。

真山さんがこっちを軽く睨む。

私は首をすくめて「すみません」と小さく謝った。

 

真山さんはもう一度煙草を咥え、また私の方を見ないで言った。

「…ねぇ」

「はい?」

ふーっと細く息を吐く音が聞こえて、同じくらい細い煙が真山さんの唇から伸びる。

「来れば?こっち」

少し間があって、真山さんがこっちに視線を移す。

 

その瞳は悲しそうでもなくて、寂しそうでもなくて、孤独でもなくて。

それでいて縋る様でもなくて、優しくもなくて、もちろん誘う様でもなかった。

 

真山さんは、普通の表情で、普通の目で、私に言った。

 

そしていつもの声のトーンで、もう一度。

 

「こっちに来れば?」

 

まるで、どうして私が隣にいないのかと訊く様でもあった。

 

私が真山さんの隣にいる。

それが、当たり前で普通の事だと。

 

 

「…いいんですか?」

隅のほうに座ったまま、私は言った。

「何が?」

真山さんは間の抜けたような表情になった。

 

私はなんとなく確かめたかった。

「…そっちに行っても、いいんですか?」

「うん」

 

間髪入れず。

それが真山さんの答えだった。

 

真山さんは何かに気づいたように立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

「わかった。昼にバナナ分けてやらなかったの根に持ってんだろ?」

フッと私を馬鹿にしたように笑いながら。

 

「何かあったのは、真山さんの方じゃないんですか?」

私は恐る恐る言ってみた。

すると真山さんはちょっと意外そうな顔をして、それから嬉しそうにくしゃっと笑った。

「何、気ぃ使ってんの?柴田のくせに」

真山さんが私の目の前にしゃがみこむ。

「・・・なんですか?その『柴田のくせに』って・・・」

頬を膨らまして、ちょっとむくれる。

「的外れなんだよ。ばーか」

本当に嬉しそうに笑う真山さんに、頬をつままれた。

私にも笑顔が伝染するよ。

「だからさぁ、お前馬鹿って言われて笑うんじゃないよ。変態」

「・・・真山さんには言われたくないですね」

「うるさいよ」

真山さんがそう言うと、こちらの方にゆっくりと手が伸びてきた。

私もそれがお約束のように、真山さんの首に腕を回す。

 

私の体がふわりと真山さんに抱き上げられた。

お姫様だっこ・・・ではなくて、抱き合った格好のままで持ち上げられて、私の足はぶらぶらしてる。

落ちるのが怖くて、真山さんに必死にしがみついていると、まるであの時を思い出す。

 

それでも、あの時とは違っている。

水中だとか部屋の中だとか、そういう違いではもちろんなくて。

はっきりとは言えないけれど、確かにそう感じているのは私だけではないはず。

 

 

ベッドの上で、私は少し乱暴に下ろされた。

私の落下地点の横に、真山さんが腰を下ろした。

それから、私の方を見て頷いた。

まるで、間違いが正せたように満足気な顔で。

 

 

いつも一緒にいたいと思うのは、我侭だと思う。

 

きっと、真山さんは一人でいたいときがあるのだから。

 

それならば。

 

一人で考えて、悩んで、そして気持ちが整理できた時に、そばにいて欲しいと思うのが私であって欲しい。

 

それは、我侭なんだろうか。

 

我侭でも、私はそれを願い続ける。

常に変わらない、あなたへのこの想いとともに。