62:パンツ
どんどんどん。 乱暴に自分の部屋のドアが叩かれた音に真山は驚いて、座っていたベッドから降りた。 時計を見ると、午後9時。 こんな時間に自分の部屋を訪れそうな人間は、一人しか思い当たらないが、 その女も今日は友達と買い物をすると嬉しそうに警視庁を出て行ったので、来るはずはないだろう。 ・・・誰だよ。 無視をしようと思ったが、扉は何度となく叩かれる。 どっかの誰かにそっくりなしつこさだな、と真山は苦笑いを浮かべ、ゆっくりと扉の方へと歩いた。
かちゃり
その時、鍵の開く音がして、ゆっくりと扉が開かれた。 扉の間から覗いたのは、いつもの女の顔。 「・・・真山さん?」 驚いた真山の顔を見て、柴田が不思議そうな顔をした。 「・・・何だよ」 真山の顔に次は眉間の皺が表れる。 「何そんなに驚いていらっしゃるんですか?」 「ああ、だって今日お前が来るとは思わなかったから」 人差し指と中指で煙草を挟んで唇から離す。 呼吸と一緒に吐き出された白い煙を見て、柴田は顔をしかめた。 「・・・来ちゃ、いけませんか?」 「そんな事言ってないけど?」 疑問形に疑問形で返す。真山が答えを相手に委ねたい時にする行為だ。 つまり、この場合「来たければ来ればいい」ということらしい。 その返答に、柴田は安心とフラストレーションを同時に感じ、黙ったまま靴を脱いで部屋に入った。 真山は拗ねた様子の柴田の後姿を、少し不満そうに見ていた。
ドスンと大きな音を立てて、柴田が鞄を床に置いた。 そして、自身も大きな音を立てて、その場に座る。 「・・・何怒ってんの?」 真山が冷めた表情で柴田を見下ろす。 「別に怒ってなんかないです」 そうは言っているものの、柴田は真山の方を見ようとしない。 真山はそれでも何も気に留めてないようで、柴田の鞄に手を掛けた。 「何買ってきたの?」 「は?」 「だから、木戸と買い物に行ったんでしょ?何か買って来たんでしょ?」 柴田は真山の手から鞄を守るように自分のほうに引き寄せた。 「買い物はしてきましたけど、この中には入ってませんよ」 「何?禅問答?」 「違います。買ったものを入れていないだけです」 真山が面倒臭そうに首を捻って、ベッドの近くに置いていた灰皿を手に取った。 「何買ってきたんだよ。はっきり言って?気持ち悪いじゃん」 柴田は真山のほうをチラリと見ると、拗ねたように唇を尖らせた。 「…真山さんに言われたから、買って来たんじゃないですか」 「だから何が」 「わかんないんですか?」 「わかるわけないじゃん」 柴田が、唇をぎゅっと一文字に結んだ。 「・・・馬鹿みたい」 「何だよ」 「私だけこんなに真山さんの一言一言に反応して・・・馬鹿みたいです」
真っ直ぐに前だけを見て、真山も他の何もかも見ようとしない柴田に真山は少しうんざりした。 もう少し吸える長さの煙草を、小さな舌打ちとともに灰皿に押し付ける。 それから柴田の真正面に灰皿を置き、自分もそこに座る。 柴田が目を合わせたくないという風にぷいと横を向いた。 その頭を真山の手がしっかりと掴む。
「・・・あのさ、何が気に食わないのかちゃんとわかるように言ってくれない? 俺、お前と違って頭よくないんだからさ」
皮肉たっぷりの真山の言葉に、柴田は少し不満を感じながらもゆっくりと真山のほうを見た。 真山の真剣なまなざしに驚いて、そして少し反省をした。 ・・・怒らせたくてここに来たわけじゃないのに。 「・・・あのね、彩さんと買い物して、お食事したんです」 「へぇ」 そっけない言い方だが、真山の目はいつも優しい。 「ご飯食べながら、いっぱいおしゃべりしたんです。もうホント、何時間も」 「・・・よく飽きないよな。女って」 「そしたら、彩さんに言われたんです。私の会話にはいっつも真山さんが出てくるねって」 「・・・ふーん」 「思い返してみたら、本当なんです。何の話をしても、結局真山さんの話になっちゃうんです、私。 真山さんでいっぱいなんです。・・・真山さんしかいないんです。わたしの中に」 一生懸命に拙いながらも自分の想いを話す柴田が、なんだかとても可笑しく思えて、真山は軽く笑った。 「それなのに、真山さんは私のことなんて心の、ほんの少しのスペース・・・ むしろ、真山さんの中に私なんかいないんじゃないかって思ったんです」 自分が言いたい事を爆発させるように一気に言った柴田は、すこし頬が赤かった。 「で、拗ねてたワケ?」 真山が呆れたように目を細めて言うと、柴田は黙ってこくりと頷いた。 もう一度真山が笑う。 柴田はそれを見てまた不満そうに言った。 「・・・何がそんなにいおかしいんですか?」 「いや?かわいいねー、お前は」 思いもよらない真山の一言に、柴田がどきりとなった。 「・・・え?」 真山は自分の失言をあまり気にしていない様子で、柴田の頭を撫でる。 「・・・確かに、俺はそんなにお前のことなんて考えてないよ」 「そんなにはっきり言わないで下さい・・・」 真山の手が、柴田の髪を滑り、耳を触る。 「でもさ・・・こうやってお前が目の前にいるときくらいは、お前のことちゃんと想ってるからさ」 「・・・はい」
この人の手は、指は、なんでこんなにも優しいんだろう。 柴田はぼんやりとそんな事を考えた。 冷たくて、ゴツゴツしてて、煙草のにおいがする真山の指が頬を撫でる。 柴田はゆっくりとその感触を味わうように目を閉じた。 ・・・もしかしたら、私を想ってくれているのから、こんなにこの指は優しいのではないかとひっそりと思った。
柴田に触れる真山の手が、片手から両手になり、そして首に回される。 抱きしめられるような格好で引き寄せられ、柴田は真山の胸に顔を埋めた。 「・・・真山さん」 どんなに小さくても、真山にはこの声がちゃんと届いてる。それがとても嬉しかった。 「んー?」 「もうちょっとだけ、私の事を考えてください」 真山が少し笑った、気がした。 「贅沢だね」 「・・・すみません」 真山の手が柴田の腰にまわって、柴田は体ごと真山の方に近づいた。 少しの隙間が、もどかしい。 せめて、体だけは密着したいと柴田が自ら真山にくっついた。 それを察知した真山の手が柴田の服の中に入ってきた。 柴田は目を閉じようとして、思い出したように真山の肩を掴んだ。 「・・・何?」 「忘れてました。今日、ちゃんと彩さんに付き合っていただいて買ってきたんですよ」 「何を?」 「下着です」 「は?」 「だって、真山さんが言ったんじゃないですか〜。赤いパンツしか持ってないなんておかしいって」 「・・・ああ、そんなこと言ったね」 「だから、買って来たんです。・・・実はもう履いてるんですよ〜。うふふ」 「へぇ」 「・・・なんか、興味なさそうですね?折角買って来たのに〜」 「いや、パンツ一枚しか持ってないのは問題だけど、俺そんなに興味ないからさ。お前がどんなパンツ履こうと」 「え?男性は黒い下着だと興奮するって彩さんに伺ったんですけど・・・」 柴田がしょんぼりとそう言うと、真山は頭をぽりぽりと掻いた。 「ん〜、でもどうせすぐ脱がすしさ」 「なるほど・・・」 「じゃ、今日はゆっくりと柴田さんの新しいパンツを鑑賞でもしましょうか?」 「やだ〜!!真山さん変態っぽいですー」 「うるさいよ!」
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