61:ベッド
朝や夜と違って、昼寝は平和な気分になる。
俺が目を覚ましたのは、暑い午後の事だった。 体を起こすのさえダルくて、目を開けたままじっと天井を見た。 窓が開いていて、そこから風が少し入ってきている。 暑すぎて、そんな些細な風では室温は下がらないような気がしたが、吹いていないよりはマシか。 「あちー」 一人呟いて、横を見るといつものように柴田の寝顔が見えた。 汗だくで、寝苦しそうな表情。 それでも、彼女は寝息を立てて、眠っていた。 眉間に皺を寄せて頭を掻くと、漸く上半身を起こした。 汗が体中をべたべたにして、気持ち悪い。 ゆっくりと柴田を起こさないようにベットから下りる。 ベッドの上から持ってきたトランクスをはいた。 休日なのに捜査に連れ出されそうになったので、俺は最後の抵抗として柴田を真昼間からのセックスに無理矢理誘ったのだ。 柴田も最初は嫌がってたけど、最後のほうはノリノリだった(と思う)。 夏場のセックスは、暑さのせいでイマイチ快楽に集中できないような気がして、実は好きじゃない。 柴田の体が火照ってくるのも、滴る汗も暑さのせいじゃないかと思ってしまう。 寒い時の方が、集中できてより気持ちいいと思うのは俺だけだろうか? 例えば、目を閉じて聞く声が、より心に沁みるように。
トランクス一枚の姿で、床に直に座る。 板張りの冷たさに、少しほっとする。 煙草を探して、視線を彷徨わせると床に団扇がほったらかしにされているのが目に入った。 俺は腕を伸ばして、その団扇を手に取った。
柴田が街で貰ったと言う広告付きの団扇。 俺は寒いのが極端に嫌いだが、夏の暑さはそれほど苦にならない性分なので、この部屋にはストーブがあっても扇風機はない。 そんな部屋に住む俺の事を思ってか、それとも入り浸る自分のためか、柴田はわざわざ貰ってきてあげたのだと得意気に言っていた。
その団扇を使って、俺と柴田は昨夜他愛のないゲームをした。 ルールはいたって単純で、じゃんけんをして負けたほうが、勝った方を団扇で30回あおぐ。それだけだ。 それは、ただ俺が自分で団扇をあおぐのが嫌で提案したゲームだったが、お互いに負けず嫌いな俺たちはすっかり熱中してしまった。 負けた方も勝ったほうも暑くて暑くて、団扇など関係ないと気づいたのは、ゲームが終わってからだった。 何故か、だんだん相手をあおぐのが酷く嫌になって、最後はお互いに喧嘩半分で背中を向けながら眠った程だった。 だから、昼間からのあのセックスは仲直りの意味もあったりした。 扇子一つで喧嘩できるなんて、なんて平和な俺たち。
ベッドに寄りかかろうとした背中に、何かの感触があって驚いた。 振り返ると、それは柴田の白い腕だった。 俺と同様、セックスの後そのまま眠った柴田は、素っ裸でベッドの上に横になっている。 きっと、眠りについた時はタオルケットをかぶっていたのだろうけれど、この暑さでタオルケットは足元でぐちゃぐちゃに固まっていた。 俺の方に背を向けているので、背骨の綺麗なラインが目に飛び込んでくる。 汗ばんで、しっとりとした背中。 思わず触れたくて、でも起こすのも忍びなくて、俺の手が柴田の背中の前でうろうろと迷っていた。 その時、柴田がごろりと寝返りを打った。 ベッドに仰向けの格好になった柴田は、やわらかい曲線の綺麗な体を惜しげもなく俺の目の前に晒す。 首や鎖骨に汗で髪が張り付いていて、それをそっと指で除けてやる。 その感覚がくすぐったかったらしく、柴田が口元をぼりぼりと掻いた。 俺は声を出して笑いたくなったのを堪えた。 あまりにも綺麗な肢体と色気のない動作のアンバランスさがすごく柴田らしいと思った。
「・・・う〜ん・・・」 うなるような柴田の声が聞こえた。 余程暑いのだろう、眉間に皺を寄せている。 暑さに強いのは俺だけで、柴田はそれに付き合ってくれているだけだもんな。
俺は手にしていた団扇をぱたぱたと柴田に向けてあおいだ。 汗で濡れていない髪の毛が、ふわふわと団扇の動きに合わせて舞う。 しばらくそうしていると、柴田の表情が和らいでいくのがわかった。 だんだんと、その表情は気持ちよさそうにさえ見えてくる。 「涼しい?」 寝ているはずの柴田に、小さく問いかけてみる。 すると柴田は寝ぼけているのか「ん〜」と頷いたように見えた。 思わず、頬が緩む。
涼しい風が入ってきて、窓の方を見た。 その風で開いているカーテンが揺れている。
俺は立ち上がって窓の方に向かうと、カーテンを一気に閉めた。 少々、風の通りが悪くなるが、仕方ない。 俺は暑いのは平気だし、柴田が暑いのが嫌だったら、こうやって俺が扇いでやればいい。
何よりも、柴田のカラダとこの気持ちよさそうな寝顔を誰かに覗かれるのが嫌だった。
俺は再び、柴田の枕元に戻ると今度はゆっくりと団扇をあおぐ。
朝よりも、夜よりも、昼間に寝るのは平和な気分になる。 でも、彼女の寝顔ほど平和をもたらすものはない。
優しい気持ちで団扇をあおぎながら、柴田が起きたら何て言ってからかってやろうと考えている俺は、 どこまでも屈折した愛情表現しか出来ない偏屈な男だと、自分で嘆きたくなる。
でも、そんな自分も悪くないと思うのは、きっと彼女の寝顔のせいだと、そう思う。
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