60:便利 

 

 

 

 

「ね、柴田。あれある?耳掻き」

「はい、これでよければ・・・どうぞ」

「え〜綿棒?俺さー、あれがいいんだよね。木で出来ててさ、逆っ側にふわふわしたのがついてるやつ」

「あ、そちらもありますよ?・・・はい、どうぞ」

「あー、そうそう。これこれ。これじゃないと耳掻きしたって気がしないんだよねー」

木製の耳掻きを柴田から受け取った真山は、満足げに耳掃除を始めた。

それを見ていた彩が、柴田に訊いた。

「・・・なぁ、柴田。アンタのその鞄の中、何がどんだけ入ってんねん?」

「え?この鞄ですか?えーっと、色々なものがいっぱい入ってます」

「何でそんなに色々入れてんの?」

「え?だって便利じゃないですか。必要なときにすぐ取り出せて。

「・・・柴田」

彩が席を立ち上がり、ゆっくりと柴田のほうに向かってくる。

「はい?」

「アンタのその鞄の中、ちょお調べさせてもらうわ」

「…はい?」

 

 

彩の一言で、退屈を持て余していた弐係のメンバーが一斉に動き出した。

もはや、彩のしもべその1・その2になってしまった感のある金太郎と近藤が、彩の指示で素早く応接セットを移動させた。

そして、どこから持ち出したのかビニールシートを床に広げ、捜査用の白い手袋をつけた。

「用意できました。姐さん」

金太郎が彩にそう耳打ちすると、彩が軽く頷き一歩前に出た。

いよいよ、柴田の鞄の謎を明らかにするときが来たのだ。

彩と金太郎と近藤はゴクリと生唾を飲み、真山と当の柴田はその様子を不思議そうに見ていた。

 

 

「まずは・・・今捜査してる事件の調書やな」

金太郎が柴田の鞄から取り出した物を見て、彩が確認をしていく。

「あ、はい。これはですねー、なかなかの難しい事件でして・・・」

柴田が求められてもいないのに、事件の説明を始める。

「今更なんですけど、調書って持ち出し禁止なんですよねー・・・」

近藤がどうでも良さそうに呟いた。

 

「次は・・・アンタ、まだ持っとったの?SWEEPの無線」

金太郎がビニールシートの上に並べていく。

「あ、はい。彩さんにお返しするタイミングがなくってですね・・・ほら、あの後記憶喪失になったじゃないですか?私」

「あー、そういえば返して貰ってへんかったなー。ま、ええんちゃう?そのまま持っとき?」

「ありがとうございますー。えへへ、なんかスパイみたいですねー、私」

「そんな簡単でいいんでしょうか・・・SWEEP無線・・・」

 

「柴田、このリモコン何?」

「あー、それはですね・・・家のテレビだったかなー?ビデオだったかのリモコンです」

「なんでそんなもんが入ってるのかって聞いてるんやけど・・・」

「あー、何ででしょうねぇ?私にもよく・・・」

「あっそ。じゃ次行くでー」

 

 

そして、2時間も経つ頃にはビニールシートを埋め尽くすように柴田の鞄に入っていたものが、所狭しと広げられていた。

けんだま、生理用品、ノート(中には他人には理解不能の柴田の思いつき落書き)、

街でもらったティッシュ、タオル(いつ洗濯したかは本人にも不明)、代えのタイツ、方位磁石、地図帳、My birthday(先々月号)、

爪切り、ライター、壺坂にもらった鉄の破片、あめ玉(溶けてドロドロ)、鏡と櫛(あるなら使え)、柴田スペシャル入りの水筒、

紙コップ(お花見のときのモノがまだ入ってたと思われる)、ホッカイロ、冷えぴた、メジャー、体温計、麻衣子と朝倉の写真、犯人人形、

わら人形(誰かの髪の毛付き)、ペンケース、携帯電話、領収書の数々・・・

 

「アンタ、よおこれだけこの鞄に入れとったなぁ・・・」

彩が呆れたように呟いた。

「我ながらビックリですねー。こんなに色々入ってたとは知りませんでした」

柴田が嬉しそうに言った。

その後ろには、いつの間にか真山がいて、広げられた柴田の持ち物を覗き込んでいた。

「ねぇ、柴田。お前あれ入ってないの?肝心の警察手帳」

「え?あれ?・・・入ってないみたいですね?どうしてでしょう?」

ばちん。真山の鉄拳が飛ぶ。

「お前ね、これだけ色々入れててなんで肝心なものが入ってないの?まさか、なくしたんじゃないだろうね?」

「あ、それは大丈夫です。昨日、自宅の机の引き出しにちゃんと入れましたので」

「・・・なんで?」

「大事なものですから、なくしたら困ると思いまして・・・」

ばちん

「ああ、大事だよ。でもさ、持ち歩かなきゃ意味ないでしょ?馬鹿」

「いたたた・・・」

痛がる柴田を冷めた目で見ながら、真山は「煙草切れたから買って来る」と言い残し、弐係を出て行った。

 

「アンタ、そら殴られるわ。手帳忘れたらアカン」

「すみませんでした・・・」

彩にまで怒られて、柴田は少ししゅんとなった。

「でも、手帳もそうやけどあれやな、手袋とか手錠とかもアンタ持ってへんやん。どうやって捜査すんの?」

「あ、そういうのはいつも真山さんが持ってるので、貸していただくんですよ」

「大変やなぁ・・・真山さんも・・・」

 

「後は、ティッシュとかガムの包み紙とか、そんなもんしかないですわ」

柴田の鞄を漁る係りの金太郎が彩に報告をした。

「あー、これだけあれば充分やろ?あとは、ちゃんとこれ全部元に戻しといてな?金太郎」

「え?わし一人でこれを全部・・・?」

「アンタ一人で出したんやろ?じゃあ出来るんとちゃうの?」

すこし脅迫ががった彩の言い方と目線に、金太郎は口答えを許されない雰囲気を読み取り、大人しく「はい」と泣きそうな声で応えて、もう一度柴田の鞄を抱えた。

 

「あれ?もうなかったですか?鞄の中」

柴田がふと気がつき、金太郎のそばに寄っていく。

「もうあとはゴミだけやで?ちゃんとその都度捨てよ?東大ちゃん」

「そうではなくてですね・・・ちょっとよろしいですか?金太郎さん」

柴田は金太郎から鞄を受け取ると、ごぞごぞとまた漁り始めた。

中のポケットのチャックを開けると、カツンと何かが床に落ちる音がして、柴田が笑顔になった。

「・・・鍵?」

彩が柴田の鞄から落ちたその物体を見て、柴田に問いかける。

「はい。・・・よかったー、なくしちゃったかと思っちゃいました」

柴田がその鍵をゆっくりと拾い上げた。

「なんやそれ、家の鍵?」

彩が何気なく柴田に言った。

 

「いえ。真山さんのおうちの鍵です」

 

その一言に、弐係が凍りついた。

 

 

「ま・・・真山さんちの・・・か・・・ぎ?」

「はい。昔、頂いたんですけど・・・これもお返しするの忘れてまして」

「もらったん!?奪ったとか、盗んだとかじゃなくって?」

「はい。真山さんから直接頂きましたけど・・・?」

「し、柴田さんそれって合鍵・・・ってことですよね?」

「そういうことになるんですかねぇ?これって、やっぱり返さなきゃいけないと思いますか?」

「い、いや・・・いいんじゃないですかね?真山さんから直接頂いたのであれば・・・」

「ですよね?あー、よかった。あれ?金次郎さん?どうしたんですか?何か悲しいことでも・・・?」

「・・・不潔や、東大ちゃん不潔や!!」

「えー?昨日はちゃんとお風呂入りましたよー?」

柴田がくんくんと見当違いに自分のにおいをかぎ始めた時、

エレベーターの到着音とともに、煙草を手にした真山が弐係に戻ってきた。

「あれー?みんな何やってんの?アホそうな顔して」

キヒヒヒと意地悪く笑う真山の顔を、柴田を除く弐係の面々がぽかんと見つめた。

どうも気持ちが悪い真山は、この中では一人だけいつもと同じような柴田に近づき、小さな声で聞いた。

「ね、何?なんかあったの?この愉快な仲間たち」

「さぁ?私もよくわからないんですよねー。どうしたんでしょう?」

「あ、あれじゃない?俺らに隠れてなんか変なもん食ったとか?」

「えー?何食べたんでしょう?きのことか・・・?」

「お前はどうしてそう貧乏っちぃ発想しかできないかね?ふぐだよ、ふぐの毒にあたったんだよ」

「そういう真山さんの発想も、私とあまり変わらないと思うんですけど・・・」

いつものように漫才のような会話をする真山と柴田のほうに、彩がゆっくりと近づいてきた。

 

そして真山の肩をぽんと優しく叩いた。

「真山さん・・・柴田を幸せにしたってな・・・」

「・・・は!?」

ますます困惑する真山の肩を、近藤も金太郎も叩いて、それから静かに三人は席についた。

「何だよ・・・どうしちゃったの?あいつら?」

自席でブツブツ何かを呟く三人を真山は呆然と見つめるだけしか出来なかった。

 

 

「真山さん・・・」

「何だよ」

「この荷物、鞄に入れるの手伝って下さいよ〜」

「は?何で俺が?自分でやれば?」

「え〜?真山さぁ〜ん!?」

いつもの柴田の声でさえなんだかなまめかしく感じてしまい、三人は頭の中で広がる真山と柴田の淫らな妄想を押さえるのに必死だったとか。