60:武士道

 

 

 

 

大事なものを守る事が、俺にとっては大切で。

たとえ、誰に何を言われてもその信念を変えるつもりはないし、何もその信念を変えられないだろう。

そう、誰に言われても。

 

 

「・・・何書いてんの?」

いつも持ち歩いている謎のノートに何かを書きこんでいる柴田の背後から、真山が声を掛けた。

柴田はびくっと驚いて慌ててノートを腕で覆う。

「ちょっと、覗かないで下さいよー!!」

真山の方を振り返り、少し怒った顔で柴田が睨んでくる。

「見られちゃ困るもんなら、こんなところで書くなよ」

確かに、真山の部屋でそういったものを書いているほうが悪いのかもしれない。

柴田はその小さなテーブルを覆うように臥せった。

真山は、柴田と向きあうような位置にどすんと腰をかける。

「お前さ、いっつもそのノートになんか書いてるけど、何こそこそ書いてるわけ?」

柴田のつむじのところを指でちょいちょいと突付きながら言った。

すると柴田がむくりと顔だけ上げてテーブルの上に顎を乗せる。

「・・・捜査してて、思いついた事とか・・・」

何故かすねたように唇を尖らせている。

真山は、さっきまで柴田の頭を突付いていた指の匂いをかいで顔をしかめた。

「じゃあ、俺が見ても別にいいじゃん」

「・・・とか、日記とか・・・」

「日記?お前そんなのつけてんの?」

「別に毎日書いてるわけじゃないですけどね」

「だろーね」

結構一緒にいるつもりだけど、毎日書いてるの見たことないもん、と真山は心の中で思った。

「日記、ねぇ・・・」

真山がちらりと柴田の方を見ると、柴田と目が合った。

「別に真山さんの悪口なんて書いてませんよ?」

「何も言ってないけど?」

「そう言いたそうな顔してたから・・・」

その言葉に真山は軽く笑った。

「よくわかってんじゃん」

「少しくらいは・・・」

柴田が少し顔を赤らめて言った。

 

「で?その柴田サンの日記とやらに俺は登場してるわけ?」

「・・・そりゃあ、ほとんど毎日一緒にいるわけですからねぇ」

「悪口じゃないならさ、どんな事書いてんの?」

「え・・・?それはちょっと・・・」

「いいじゃん。教えろよ」

「ダメです」

「なんで?」

「・・・恥ずかしいから・・・」

柴田の顔だけがみるみる赤くなっていく。

真山はそれが面白いらしく、笑顔で柴田の顔を覗きこむ。

「どんな恥ずかしい事書いてんの?ねぇ」

柴田がぶるぶると首をふる。

「教えてよ〜、柴田サン。ねぇ〜」

真山は攻撃の手を緩めない。

柴田はもう泣きそうな顔で、助けを求めるように真山の顔を見た。

「苛めないで下さいよ〜」

「苛め甲斐のあるお前が悪い」

真山が柴田の頭をぐしゃりと撫でた。

「苛め甲斐って・・・なんですか、それー」

「んー?お前のいじめてください〜っていうオーラ」

「そんなオーラ出してませんよー」

「出てるんだって」

柴田がこれ以上の反撃はムリだと判断したらしく、またテーブルの上にへたり込む。

 

「何?もう終わり?」

物足りなさそうな真山が聞くと、柴田は顔を上げずに情けない声で言った。

「真山さん・・・一生のお願いがあるんですけど」

聞き覚えのあるような台詞に少し苦笑して真山が答える。

「何?」

「お願い、きいてくれますか?」

「内容によるね」

真山は首を回して、足を投げ出した。

 

「あのー、もし私が事故かなんかで死んじゃったら、このノート絶対読まないで捨ててくださいね?」

 

その言葉に、真山はぴくりと片眉だけを動かした。

 

「絶対絶対読まないで下さいね!?」

きっと柴田にとっては深い意味などないのだろう。

真山にとって、そんな柴田が微笑ましくもあり、羨ましくもあった。

 

「さあね」

「さあねって・・・真山さぁーん?」

必死で頼み込むような柴田を見て、真山が一瞬悲しそうに笑った。

その表情に柴田は一瞬、何故か苦しくなった。

 

「もしも、お前が死んだら・・・ねぇ」

真山の悲しそうな笑顔は本当に一瞬で、すぐに天井を仰いだ。

「いえ、あの・・・それは・・・言葉のあやって言うか・・・・」

柴田はどうしたらわからずにおろおろとしている。

すると静かに、真山の手が伸びてきた。

大きな手のひらが、柴田の頭をつかむ。

「・・・お前さ・・・」

その声に柴田が緊張したように身を固くする。

「頭臭いよ?ものすっごく」

「え・・・?」

「さっきからさぁ、臭うんだよねー。風呂入って来いよ。ね」

「お風呂?」

気が抜けたように柴田はぽかんとしている。

その間抜けな表情に、真山は今度は嬉しそうに笑った。

「お前また何日も入ってないでしょ?夏なんだからさ、頼むよ。マジで」

柴田の手を掴んで、真山が立ち上がった。

「ほら、行くよー」

「え?え?ちょっと待って下さい・・・一緒に、ですか?」

「ご要望があれば」

「じゃあ、遠慮しておきます・・・」

「照れんなよ」

「照れてませーん!!」

ウヒヒと真山が笑って、柴田をバスルームまで連れて行く。

「じゃあ、いってらっしゃい」

「・・・行ってきます」

バスルームの前でのどこか滑稽なやりとりを一通りして、それから真山は柴田の手をゆっくりと離した。

指先をすり抜ける相手の手の感触が寂しい。

 

「・・・柴田」

「はい?」

「死ぬなよ?」

柴田はすっと真山の顔を見て、ゆっくり頷いた。

「はい」

 

 

先になんて、死なせはしない。

誰が無理だと言っても、自分だけは信じ続ける。

きっと彼女を守れると。

全てのものから守れると。

 

全てを投げ打ってでも、守ってやる。

 

 

 

真山が一人で部屋に戻ると、テーブルの上に無造作にさっきのノートが開きっぱなしで置いてある。

「無用心だよ」

そう呟いて、真山は中身を見ずにぱたんとノートを閉じた。