59:不器用

 

 

 

 

「おはよーございまーす、みなさーん」

「・・・柴田、アンタその格好?」

新年早々、始業時間に現れて弐係の度肝を抜いた柴田。

しかし、注目すべきはそれだけではなく、柴田の服装にあった。

 

白い開襟のシャツ、黒のシックなスーツ。

そして、柴田にしてはありえないくらいの一般的な長さのスカート丈。

極めつけは黒い華奢なヒール靴。

それでも胸のカメオと抱えているコート、それにいつものトートバックで柴田とわかるものの、

そこに立っているのは柴田とは信じられなかった。

 

「えへへ。似合いますか?」

柴田が照れながらも嬉しそうに彩に問う。

「・・・ですってよ、真山さん」

彩がなんとも答えられずに話題を自分から逸らした。

「は?何で俺?」

「ええやん。アタシ等がなんぼ言うても、アンタの一言には敵わへんねんて」

近藤と金太郎が黙って彩の意見に頷く。

真山は面倒臭そうに、それでも照れで見たくても見れなかったのか、ゆっくりと自分の目の前にある新聞を下ろした。

 

出入り口のところで立っている柴田の背筋が少し伸びる。

「・・・かわいいですか?」

柴田が恐る恐る訊いた。

「かわいくない」

真山は冷めた目でそう言い放つと再び新聞に目を落とした。

「ええ〜!?」

泣きそうな、それでいて甘えたような声をあげる。

「気にせんでええよ。どうせ真山さん照れてるだけやから」

彩がやれやれと二人の会話を聞いて立ち上がった。

「何で俺が照れるんだよ」

真山が新聞から目を話さずに言った。

「うっさい。アンタちょっと黙っとき!」

彩が一喝すると、真山も興味なさそうに黙った。

 

コツコツと綺麗なヒールの音を響かせて、彩が柴田に近づいた。

「彩さぁ〜ん」

子供のように柴田が彩に縋ってきた。

「あー、はいはい。泣かんとき。・・・にしても、何でこんな服で来たん?」

「今日は新年一発目の会議があるんですよ〜」

「はー。で、そんな気合い入れた格好して来たんかー」

「・・・はい。母が新年くらいちゃんとした格好しなさいって・・・」

「あんたのオカンはアンタがちゃんとした格好してへんってわかっとったんやー。安心したわー」

「・・・おかしいですか?この服」

「ん?・・・まぁ、基本はええんやけどなぁ・・・」

「と、いいますと、どこかに落ち度が?」

「カメオ」

「え?」

「あんたさぁ、こういう格好したときくらいカメオじゃなくて、フツーのアクセつけ。な?」

「でも、これ麻衣子の形見だし・・・」

柴田がカメオを優しく撫でる。

「・・・でも、会議ん時くらい外してもええのと違う?」

「うーん・・・」

「しゃーない、アタシのこれ、貸したるわ」

彩が、おもむろに自分のネックレスを外す。

「え?・・・いいんですか?」

「そのかわり、麻衣子の形見のカメオよこしぃよ?」

「はい!」

柴田も慣れた手つきでカメオを外す。

 

柴田の掌の上に乗せられたカメオを彩がそっと取り、代わりに自分のネックレスを置いた。

それは、華奢なプラチナの鎖に、透明な小さな石が一つだけついたネックレスだった。

 

「ありがとうございます」

柴田はそう彩に呟くと、ネックレスを自分の首に回した。

彩はその様子を、目を細めて嬉しそうに見ていた。

 

 

「・・・柴田?」

「はい、なんでしょう?」

「まだなん?かれこれ5分過ぎてるけど、まだつけられへんの?ネックレス」

「あー、これ鎖細いですねぇー。壊しそうで緊張しちゃいます」

「手伝ったろか?」

「いえ、自分で何とか・・・あれ?」

「あー、もー、貸しぃな。アタシがやってあげるから!」

「あ、ちょ、ちょ〜っと待ってください?なんか髪に引っかかっちゃ・・・いったーい」

「は?アンタどんだけどん臭いの?ちょっと貸してみ?」

「いったー!!すいません、彩さんもうちょっと優しく・・・」

「なんやこれ?アンタ、どうやったらこんなにぐっちゃぐちゃに・・・あーあ」

 

女二人の、あーでもないこーでもないと言った叫びと怒号が弐係に響いた。

 

男連中も、初めは気にも留めていない様子だったが、こうも長引くと自分の仕事や機嫌に差し障る。

いつの間にか、全員が柴田と彩の格闘に目を向けていた。

そして、ゆっくりと歩き出す男。

 

ぱちん

男の手は、正確に柴田の頭だけ叩いた。

「・・・真山さぁ〜ん」

叩かれたというのに、柴田は縋るような目で男を見上げた。

「うるさいよ、お前たち。二人そろってぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー」

真山は本当にうんざりといった表情で女二人を見下ろした。

柴田は情けないような表情で、彩は睨みつけるような表情で真山を見上げた。

二人の間には、ぐちゃぐちゃに絡まった柴田の髪の毛と彩のネックレスがあった。

「・・・貸してみろよ」

真山は大きなため息とともに、そう言うと仕方なさそうに諸悪の根源と戦い始めた。

 

「いった・・・」

「我慢しろ」

「もちょっと優しく・・・」

「贅沢言うな」

「・・・あつっ・・・」

「さるぐつわ、されたい?」

「さる?」

「・・・いいから黙って」

 

「ほらよ」

柴田の髪に開放感がある。

「取れました?」

柴田が真山の方を振り返った。

「ん」

真山の掌から鎖が伸び、石が見える。

「・・・ありがとうございます」

柴田がぺこりと頭を下げた。

「つけんの?」

真山がネックレスを見つめた。

「え?」

「これ。つけるんですか?カカリチョー」

「あ、はい」

「髪あげろよ」

「はい?」

「お前髪上げないでそのままつけようとするから引っかかるんだよ。ほら、両手でぐいっと上に髪あげろってば」

「え、でも両手で髪の毛上げたらネックレスが・・・」

「だから、つけてやるっつってんだよ。早くしろよ」

「え?あ、じゃあ・・・すみませんが」

 

 

「・・・別に髪の毛上げへんでも、髪の毛前の方に全部やれば一人でも出来るっちゅー事、言わん方がええよな?」

「の、ようですね。木戸さんの命に関わりますよ?」

「金太郎に言わせたろか?」

「わ、わしでっか?」

 

 

「ん。ついたぞ」

真山の手がゆっくりと柴田から離れ、スーツのズボンのポケットに移動した。

「あ、はやいですねー。真山さん。さすがですー」

「普通だよ。お前が時間かかりすぎなの。ね?」

柴田が手を離すと、黒い髪の毛がふわりと柴田の肩に落ちる。

真山はそれを横目で見る。

 

「・・・似合いますか?」

柴田が真山の顔を見上げた。

「うん。・・・スーツとネックレスはぴったりだね。お前だけ浮いてる」

「えー?そうですかー?」

「鏡見た?」

そう言うと、真山は片手をポケットに突っ込んだまま、空いたほうの手で柴田の胸元のネックレスに触れた。

白い肌の滑らかさが真山の指をくすぐる。

真山は苦笑いをすると目をその肌から離さず、柴田に訊いた。

「なぁ、その会議って他に女、いないの?」

「え?どうなんでしょうね?・・・でもそんなに大きくない会議ですから、いないかもしれません」

「・・・あっそ」

「それが何か?」

「んん?別に?」

 

「柴田さん、会議、9時半からでしたよね?」

近藤が遠慮がちに柴田に声を掛けた。

「あ、はい。・・・きゃ〜!!あと10分じゃないですかー」

「急いでください!時間厳守ですから」

「柴田、柴田」

「なんですか?真山さん、後でにしてもらえたら・・・」

おもむろに柴田の頭を掴んだ真山が、勢いよく柴田の頭をかき回した。

「きゃー!!なにするんですかぁ〜?」

「うるせぇ!スーツなんか着やがって生意気なんだよ!お前」

「やめてくださぁ〜い!!!」

 

柴田の髪がぐしゃぐしゃになっていくのを見て真山は満足そうに手を離した。

「もー、なにするんですか?」

「時間いいの?カカリチョー」

「ああー!!せっかく綺麗にしてきたのにー」

そう文句を言いながら、柴田は慣れないヒールでかたかたと今にもこけそうになりながら、エレベーターに消えていった。

 

 

「不器用やなぁ・・・」

彩が微笑みながら、呟いた。

「え?柴田さんがですか?」

「ちゃうわ。真山さんの方」

「絡まったの、東大ちゃんやないっすか」

不思議そうな顔で首を傾げる近藤と金太郎を彩は勝ち誇ったように見た。

「わからんかなぁ。・・・あの男の不器用な愛情」

 

彩が視線をなんとなく真山のほうに向けると、真山が満足そうにエレベーターを見て、少し笑っていた。

視線の先にいるであろう柴田が、とても幸せに思えた。