56:どこか

 

 

 

 

年末、世の警察は何かと忙しい時期だが、弐係は全くそんな気配すら見えず、

他の企業と同じく、いやそれよりも早く、仕事納めを終らせ休暇に入っていた。

 

真山は、いつもの休日と同じく家で過ごそうとなんとなく決めていた。

誤算が生まれたのは、隣にいるこの女のせい。

 

 

「ねぇ、真山さん。どこかに行きませんか?」

「何で?」

柴田の問に、いつものように真山はすぐさま聞き返す。

「何でって・・・真山さんとどこかに行きたいからですよ〜」

柴田の手には、俗っぽい雑誌があり、

その表紙は「年末年始、ロマンチックに過ごそう!」とのピンク色の文字が躍っていた。

真山はそれを見てなるほどとため息をついて、柴田をもう一度見た。

「お前さぁ、わかってる?

年末年始ってのはどっこもお休みだから、人がうじゃうじゃしてんの。

せっかくの休みにわざわざ疲れに行きたいの?」

「ええ〜?」

柴田が不満そうに唇を尖らせた。

 

「・・・真山さんってオヤジ臭い・・・」

柴田の呟きに、真山はむっとして手にしてた煙草の箱を投げつけた。

ぽこ。

「・・・いたいです」

柴田が軽く真山を睨んだ。

「ボックスだからね」

「・・・今度は、柔らかい方にしてくださいね」

柴田は文句を言いながらも、床に散乱した煙草を拾い集めた。

「普通はさ、『煙草なんて投げないで下さい』じゃないの?」

「・・・投げるなって言って投げるの止めてくれますか?」

「ああ、頭いいね。お前」

「・・・ありがとうございます」

柴田は、真山に断られたのがショックだったようで、あきらかに元気をなくしていた。

 

真山はそんな柴田をじっと見つめて、またため息をついた。

 

柴田が最後の一本を拾おうとしたその時、煙草の先に真山の足があった。

その足からすーっと真山を見上げる。

顔をしかめてる真山と目があった。

真山はゆっくりとしゃがみこみ、柴田と同じ視線になった。

「・・・例えば?」

急な真山の問の意味が理解できなくて、柴田は不思議そうな顔をする。

「何がですか?」

「行きたいとこ。どこ行きたいんだよ」

「え…?どっか、一緒に行ってくださるんですか?」

「場所によっちゃ考えてやってもいいってだけだよ。行くとは言ってない」

これが、真山の精一杯の譲歩だったんだろう。

 

「・・・ふふ」

柴田が笑う声を聞いて、真山の眉間の皺が増える。

「何だよ?気味悪ぃな」

「やっぱり真山さん、優しいなーって思いまして」

柴田が嬉しそうに言う。

「・・・は?」

真山が、驚いたような、難しいようなヘンな顔をした。

「なんですか?その反応」

「ん?だって、俺だよ?俺のどこが優しいの?馬鹿?お前馬鹿?」

「・・・いつもは、『俺はいつも優しいでしょ?』とか仰るくせに・・・自覚あったんですね」

「まーね。お前おかしいよ、絶対」

「そんなに力いっぱい言わないで下さいよ〜」

柴田がすねたように頬を膨らませた。

 

「なぁ、どこが?」

「はい?」

「例えばさ、俺のどのへんが優しいの?」

我ながら変な事を聞いてると真山は自覚していたが、あまりに意外な柴田の一言が引っかかっていた。

 

柴田は、嬉しそうに笑うと真山の問に答えた。

「だって、真山さんいっつもなんだかんだ言いながら、捜査ついてきてくれるし、困った時は助けてくれるし・・・」

指折り数えながら言う柴田に、真山は今日三度目のため息をついた。

 

「柴田」

冷めたような真山の呼びかけに柴田が顔を上げる。

「それは優しいって言わなないの」

「・・・じゃあ、なんて言うんですか?」

 

「俺がお前に甘いだけ。ね?」

 

なんだか痛いところを柴田につかれて、心底不機嫌な真山は柴田から煙草の箱を取り上げて、一本取り出した。

「・・・なんだか、それっていいですねぇ・・・」

うっとりとした表情の柴田を見て、真山が不味そうに煙草の煙を吐き出した。

 

 

「真山さんは私にメロメロってことですよね?」

「違うよ、馬鹿」

 

もう一度、真山の煙草の箱が宙を舞って、柴田の頭にヒットした。