55:ダメ出し

 

 

 

 

一人暮らしが長くなると、変に物音に敏感になる。

だから、柴田を泊めた夜は、やけにざわつく。

落ち着かないのは、そのせいだ。

 

 

「真山さん、お風呂ありがとうございました」

どんなに回数を重ねても、柴田はちゃんとこういう類のお礼を欠かさない。

腐っても、お嬢様なんだろう。

このあたりの育ちの良さは、一緒にいて心地いい時がある。

「・・・どーいたしまして」

俺はゆっくりと答える。

柴田は洗い立ての髪をなびかせ、俺の隣にちょこんと座った。

「いいお湯でした」

こっちを見て、にっこりとそう言う彼女の頬が少し火照っていた。

手の甲で、その赤い頬に触れる。

「・・・そうみたいね」

目を細めると、柴田が照れくさそうにもう一度笑った。

同じように赤く色づいている唇に誘われたような気がして、中指で触れてみた。

何度触れてもやわらかいそれは、僅かに濡れていて、これ以上ない触感だった。

柴田は怯えたように、一歩後ずさりして、俺の指から逃れる。

「・・・ま、やまさん?」

避けられたことがちょっとムカついて、俺は無理やりとわかる笑顔を作った。

「何?」

「えっと、お風呂・・・入らないんですか?」

柴田は話題を違う方向に持っていこうと必死だ。

それが可笑しくて、でも噴出さないように細心の注意を払う。

「いーの、いーの。そんなの後回し。ね?」

もう一度、柴田の方に手を伸ばす。

「え?でも・・・今日はあちこちに捜査に行ったから、汗掻いて気持ち悪いでしょう?」

柴田が不自然に俺から視線を逸らす。

「一日くらい大丈夫でしょ?朝入ればいいんだし?」

両手で、柴田の首に手を回した。

「・・・わ、私にいつも言うことと違います〜」

うなじを逆撫ですると、柴田の力が少し抜けたのが感覚でわかった。

「そんなのケースバイケースでしょ?臨機応変。今大事なことは風呂じゃないと思わない?」

水にぐっしょりと濡れた髪は、いつもと感触が違っていて、それもまたいい。

「・・・大事なことって、何ですか?」

もう降参寸前の柴田は、弱々しい目つきで俺の顔を見上げている。

俺はその表情を見て、ようやく自然に笑った。

「シバタさんと俺の、甘〜いヒトトキ?」

柴田が俺のその声に赤くなって固まる。

俺はくっくと喉の奥で声を出して笑うと、柴田の耳をぺろりと舐めた。

ひゃっと、情けない声が聞こえて、また笑い出しそうになる。

ゆっくりと体を離してアホみたいに驚いている柴田の顔をじっと見る。

 

「・・・真山さんって」

「ん〜?」

「どうして、そういうことが平然と出来るんですか・・・?」

「平然としてるように見える?」

「・・・はい」

「まだまだ甘いねぇ〜」

「まさか、緊張とかなさってたりするんですか?」

「さぁ?どうでしょう」

「・・・やっぱり平常心じゃないですか〜」

「お前が緊張しすぎなんだよ、馬鹿」

「だって・・・」

「もう、処女じゃないんでしょ?」

「・・・そういう言い方、やめてください・・・」

「ホントの事じゃん」

 

風呂上りの癖に、ご丁寧にブラウスを着ている柴田のボタンを一つずつ外して行く。

「お前、汗で張り付いて気持ち悪くない?」

そう問いかけると、柴田が首を僅かに横に振った。

「・・・早く、真山さんみたいに慣れたい、です」

柴田の腕から、するりとブラウスを抜く。

「ばーか。誰も慣れろなんて言ってないでしょ?」

今日のブラは青か。この間木戸と選んだという水だか油だかの入っているパッドが良いらしい。

「だって・・・」

喉元から胸の谷間、ブラの辺りまで指をなぞるように這わせると、柴田が身を捩った。

「慣れなくていいの」

胸元に、唇を寄せる。きつく吸い上げて、その跡を残すように。

「・・・でも・・・」

俺は答えずに、スカートの中に、手を進入させる。

「きっと・・・真山さんだって・・・面倒ですよね?」

しっかりと閉じられた細い足を解す様に、太ももの辺りを何度も撫でる。

ちゃんと胸元に、跡が出来たことを確認して、俺は口を開いた。

「言ったでしょ?ケースバイケース」

「え?」

不思議そうな柴田を少し置いといて、俺はTシャツを脱いだ。

「面倒くさい方がね、いいとこだってあるんだよ」

「いい事ってどういう事ですか?」

柴田はブラ丸見えの状況が恥ずかしいのか、両腕で隠している。

「お前のその、慣れてない所から一気にエローく豹変しちゃうところが良いんだからさ。俺としてはね」

首をコキコキと鳴らして、準備運動。

「えろーく?」

腑に落ちない、という表情の柴田。

「うん。いやー、頑張り甲斐があるよ?センセー、嬉しいよ」

「うれしい・・・?」

柴田はただ、壊れた玩具のように俺の言葉を繰り返す。

俺の言っている意味を一つ一つ正確に飲み込もうとするその姿勢は、馬鹿が付くくらい正直で、ここだけの話、ちょっと可愛い。

あまり可愛いので、ベッドの上に連れて行ってしまおう。

「しーばーたー」

ちょいちょいと手招きすると、上半身をまだ手で隠してる柴田がベッドに登ってくる。

「何で隠すの?」

「え?だって・・・」

「脚もさ、俺の手が来たら開いて?礼儀でしょ?それは」

「はぁ・・・」

柴田を抱え込むように腕を回して、ブラのホックをはずすと、俺のものである印のついた白い胸が二つ。

それでもまだもじもじしている柴田の腕を、自分の首に回させてゆっくりとキスをする。

さっき触った時はかすかな温度しか持たなかった唇が、今度は熱いくらいだ。

鼻からこぼれる柴田の呼吸が、緩やかに熱を帯びていく。

最初の頃に比べれば、驚くほど絡んでくる舌。

吸い方の加減も、俺好みになって来てる。

 

 

繋がっている所から発せられる声に、心がざわつく。

一人でいるときは耳にさえ届いてこない、他人の声。

発情する女の喘ぎ声。

 

それは、全ての感覚から伝わってきて、俺を狂わせる。

 

この女を淫らにしているのは、他でもない制御の効かない俺の本能で。

そんな男に良いようにされているこの女に、誰よりも同情をしてしまう。

 

 

見つめれば、見つめ返して

名を呼べば、答えてくれる

手を取れば、握り返して

触れたなら、感じてくれる。

 

なぁ、どうしてお前はそこまで素直に従うんだ?

 

何があっても手放したくはないくせに、大事すぎて重くなってしまう。

失ったときの恐怖を知っているから、これ以上知るのが怖くなってしまう。

 

 

誰よりも従順なこの女の目を、誰か冷ましてやってくれないか?

本当は、こんなところで堕ちて行く女じゃないんだ。

馬鹿みたいに幸せな笑顔で、汚れなど知らずに生きていくはずの女なんだ。

 

 

囁いたら、頷いて

埋まれば、抱え込んで

挿れたら、受け入れて

愛したら、愛してくれる。

 

 

何よりも孤独を嫌うくせに、人のぬくもりは排除したがる。

求められて嬉しいくせに、その気になられると面倒くさくて。

 

孤独に慣れすぎると、人の温かさが怖くなる。

だから先のことは考えずに、今は、このまま。

 

このままでいよう。

 

 

 

夜中に、一人目が覚めてため息をつく。

こんな時、昔から決まって思い出すのは、昔の嫌な思い出ばかりだったのに。

隣の平和な寝息を聞くと、そんな悪夢はどこかにいってしまいそうになる。

 

いつもと違う、その状況で眠るのが落ち着かないのは、

普段聞こえない音が耳に入ってくるからだ。

 

この、小汚い女がそれほど大きな存在であると認めるのが怖い臆病な馬鹿な男は、

そう自分に言い聞かせて、今日も眠りに付く。