54:ヅカ
「じゃーん!!これ、なんだと思います?真山さん」 帰宅直後の真山の部屋で、柴田が嬉しそうにチケットを真山の目の前にかざした。 煙草を吸っていた真山は、眉毛だけをぴくりと上げ、目を細めてそれをじっと見た。 「・・・宝塚?」 真山はそのチケットに一番大きく書いてある文字を読んだ。 「そうです!!これ、宝塚の東京公演のチケットなんですよ〜!!すごいでしょ?」 心底嬉しそうに柴田が笑った。 「へー」 真山はあからさまに気のない返事をすると、咥えていた煙草の灰を灰皿に落とした。 「・・・興味ないんですか?宝塚歌劇団」 柴田は意外そうに、真山の顔を覗き込んだ。 真山はその視線をうっとおしそうによけると、もう一度煙草を咥えてその煙を肺に吸い込んだ。 「ないよ。何が楽しいの?それ。男にはわかんない世界だね」 「えー?素敵じゃないですか。きらびやかな衣装を着て、ステージに立つトップスターはみんなの憧れなんですよ?」 柴田は少女漫画のように瞳をキラキラさせながら、うっとりと言った。 「・・・女が男の格好して芝居すんだろ?それのどこが素敵なの?ねぇ、どこが?」 「ひっどーい。今の発言は全国の宝塚ファンを敵に廻しましたよ、真山さん」 「何が全国の宝塚ファンだよ。お前以外聞いてないじゃん」 「あ、気付かれた」 「当たり前だよ。馬鹿」 真山は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、その紫煙の香りの残る手で柴田をパシッとはたいた。 あいたと柴田は小さく呟くと、くるりと体の位置を変え、真山に背向けた。
「彩さんにね、譲っていただいたんですよ。2枚」 「へぇ・・・誰と行くの?」 「・・・真山さんと一緒に行きたかったんですけど」 「やだよ。興味ないもん。いってらっしゃーい」 「・・・2枚で2万円もしたのに・・・」 「は?2万?お前ぼったくられてるよ?これ一枚5500円って書いてあるじゃん」 「でも、人気の公演だからなかなか手に入らないチケットなんですよ〜」 「お前さ、あれ買わないでね。幸福になれる石とか小判とか」 「え?何でそんな話になるんですか?買いませんよ」 「だって、お前絶対いつか騙されるって。俺知らないよ?」 「もういいですよ・・・母と一緒に行きますから・・・あーあ」 「そうしとけ。たまには親孝行もいいんじゃないの?」 「・・・はい」
そうして、真山が2本目の煙草に火をつけようとしたその時だった。 「あ〜あ。せっかくのベルばらなのにな〜」 柴田が何気なく呟いたその一言に、真山がぴくりと反応をした。
「真山さんと見たかったのになー。『オスカルー!!』『アンドレ様ー!!』って言うの」 ぱしっ 柴田の頭をまた真山がはたいた。 「馬鹿。なんでオスカルがアンドレに『様』をつけるんだよ。オスカルのほうがね、偉いの」 「あ、そうなんですか?」 「常識でしょ?ジョーシキ」 「・・・真山さん、詳しいですね。ベルばら。お好きなんですか?」 その柴田の問いかけに、真山は明らかに動揺した。 「ん?いや、ほ、ほら、沙織がさ。ね?」 「・・・♪薔薇は薔薇は 気高く咲ぁい〜てぇ〜♪」 「♪薔薇は薔薇は 美しくぅ〜散ぃるぅ〜♪」 「・・・やっぱり好きなんだ」 「だからこれは沙織が・・・」 言い訳をしようとした真山の方に柴田は体をまた向けて、ニコッと微笑んだ。 「真山さん」 「・・・何だよ」 そして、先程のチケットを二枚、自分の目の高さにかざす。
「真山さん、一緒に行ってくれませんか?」 チケットを掴む柴田の手を、真山が上から掴んだ。 そして、チケットを一枚だけ柴田の手から奪うと、そのチケットをかったるそうに唇にぴたぴたと当てた。 「・・・そこまでお前が言うなら、行ってやってもいいよ」 「ありがとうございます!!」 真山が素直になれないときの操縦法を、柴田は自然と身に着けてしまったようだ。
「・・・でもさ、その前に条件がある」 「何ですか?」 「ベルばら全巻、買って来い」 「え?全巻ですか?」 「当たり前。全巻読まないと流れがつかめないでしょ?」 「・・・それって、真山さんがもう一度読みたいだけじゃないですよね?」 「・・・・・・・そんなわけないじゃん」 「今の間はなんですか?」 「煩いよ!明日までに全巻。わかった?」 「は〜い・・・またお金が・・・」
その瞬間、真山が心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもないことだ。
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