54:ゾッコン

 

 

 

 

「・・・真山さん、私のこと好きですか」

 

休みの日に、いつものように真山の部屋で過ごす二人。

それまでずっと真山はベッドに腰をかけて煙草をふかし、柴田は何か本を読んでいたはずだった。

数分前、柴田が本を読み終えたらしく、暇そうにしていた事は真山も知っていた。

けれど。

どの流れで、そんな質問を考え付いたのか。

この女の、すぐ先の行動も今現在の考えさえわからないような所は、きっと一生変わらないんだと真山はぼんやりと思った。

 

「湧いた?」

「ワイタ、って何ですか?」

 

真山が反応したのが嬉しかったらしく、柴田はちょっと笑顔になってずりずりと真山の方に寄ってきた。

 

「頭だよ、頭。なんか変な虫でも湧いたか?って聞いてんの」

 

床の上に直接ぺたんと座っている柴田と、ベッドの上に腰をかけている真山とは目線の高低差がある。

柴田は真山の顔をいつも以上の角度で見上げて、首をふるふると振った。

 

「湧いてません。もうー、なんてこと言うんですか?」

 

子供のように頬を膨らませた柴田は、真山のスエットの右足を掴んで、引っ張る。

 

「普通の頭でそんな事聞けるほうがどうかしてると思うけどね?」

 

真山は、咥えていた煙草を指で挟んだ。

 

「普通ですよ。好きな人が、自分のことをどう思っているのか気になるのは普通の思考だと思いますけど」

「それは、キミの中の普通でしょ?俺の中の普通ではありえないことなの。ね?」

「価値観の相違ですね・・・」

「離婚した夫婦の言い訳みたいじゃん」

「離婚はしたくないですねぇ」

「っていうか出来ないでしょ?結婚してないし」

「あ、そうか。・・・良かったです〜」

真山は手にした煙草を、灰皿に押し付ける。

灰皿は遠くにあったので、自分のズボンを握っている柴田の手を離させないように気を付けて手繰り寄せた。

「そーそー。俺らが別れたところで戸籍に傷つかないの。ボクが柴田さんに捨てられるだけ。わかる?」

「そんな事言わないでくださいよ〜」

真山の軽い例え話で、柴田の目に涙が滲んだ。

「何で泣くの?」

「泣きますよ〜。冗談でもそんな事言っちゃ駄目です」

「へぇ。初耳だね」

表情一つ変えずに悲しい冗談をすらすらと言える真山を信じられないといった表情で柴田が改めて見上げた。

「・・・それに、私は真山さんを捨てたりなんてしません」

「ふうん」

そっけなくそう頷いた真山だったが、柴田の前髪を指で優しく撫でてくれる。

そのさり気ない仕草に、柴田の瞳が一層滲んだ、気がした。

 

「・・・真山さん、私のこと好きですか」

 

改めて、柴田が口に出す。

真山は顔をしかめて、柴田の髪を撫でていた手を止めた。

 

「お前ねぇ・・・」

かすかなため息とともに、真山が呟いた。

「いいじゃないですか〜。一回くらい聞いてみたいんです。

『好きだよ』とか『愛してるよ』とか『お前にゾッコンだよ』とか」

「あのさ、俺がそんな事言うと思う?」

「そこを何とか。嘘でもいいですから〜」

「・・・嘘でそんな事言われて、嬉しいの?」

「ええ、まぁ・・・少しは満たされますね」

「安っぽい満足感だね」

「何とでも言ってください」

少し意地になっているような柴田の顔を見下ろして、真山の顔がかすかにほころんだような気がした。

 

「・・・ヤダよ」

「え〜?」

「言わない。絶対言わない」

「どうしてですか?」

「言いたくないから」

「でも、一回くらい。ね?ね?」

「ダメ」

「・・・真山さんの頑固者」

「柴田さんはしつこいねぇ」

「しつこい女は好きですか?」

「・・・その手には乗らないよ」

「気づいちゃいましたか?」

「当たり前でしょ?」

 

柴田は少し甘えるような顔で真山を見上げてみた。

それでも、真山に少し睨まれて首をすくめた。

 

あきらめた柴田は唇を尖らせて、真山の膝の上に顎を乗せた。

真山の手が再び柴田の頭の上に、優しく触れた。

そしてその手は柴田の頭をゆっくりと撫でた。

柴田の体から力が抜ける。

「猫みてぇ」

真山の笑顔から発せられただろう優しい声が聞こえて、柴田は目を閉じた。

 

「きもちいい、です」

「エロ・・・」

「そういう意味じゃないですよ〜」

「お前が言うとね、いやらしく聞こえんの」

「え〜?それは聞き手の問題ですよ?」

「いやらしい女は好きだよ、俺」

「・・・そういうのはすらっと言うんですね?」

「なんでだろうね?」

「私に聞かないでくださいよ〜」

 

そんな会話の間も、真山の手はゆっくりと柴田を撫でることはやめない。

それが本当に心地よくて、柴田はまたうっとりと目を閉じた。

 

いくら真山の言葉がなくっても、その手さえあればいいと思えた。

そのくらい、温かくて優しい真山の手を、離したくないと思った。

 

「・・・もう、いいです」

「お?やっとあきらめたの?」

「信じてますから、真山さんのこと」

「・・・今まで信じてなかったわけ?」

「真山さんに捨てられなかったら、それでいいです」

「そーそー。大人しくしてなさい」

「・・・一回くらいは聞きたいですけどね〜」

まだあきらめの付いてなさそうな柴田の言葉を聞いて、真山の手が止まる。

それから、本当に小さな声で真山が呟く。

「・・・まぁ、死ぬまでくらいには、ね・・・」

柴田はその言葉をじっとしたまま聞いた。

 

真山が自分のことをどう思ってるかはさておき、

『死ぬまで』自分と一緒にいてくれる覚悟があるのだと静かに思った。

何より、それを当然のように言ってくれることが嬉しかった。

 

真山の手は、いつまでも柴田の頭の上を優しく撫でていた。