50:罪悪感
ただ純粋に、お前の事を考えられたら、どんなに幸せなんだろう。
例えば、眠っている柴田の顔を覗いてみる。 白い頬、かすかな寝息。 すると、無意識のウチに思い出す。 この女と同じ年に生まれた、妹のこと。
もうこの世にはいない妹。 生きていれば、当然同じ年になっていた妹。
生きていれば。 こんな風に穏やかな寝顔を、何処かの男に晒したんだろうか。 こんな風に、誰かに身体を預けて、幸せそうにしていたのだろうか。
そうなって欲しくないわけではない。 むしろそうなっていて欲しかった。
物心つく前に、両親をなくした妹は。 唯一の肉親である俺にしか頼れずに生きて、死んでいった。
妹は、果たして幸せだったんだろうか。 何一ついい思い出なんて残してやれなかった俺を、恨んではいないのだろうか。
一人だけ幸せになろうとしている俺を、朝倉なんかよりもずっと殺してやりたいんじゃないのか。
ごめん、沙織。 お前だって、幸せになりたかったよな? 大事な人を見つけて、こうして見つめたかったよな。
何も出来なかったのに。 お前は何もできなかったのに。
俺ばかり、救われて、愛されて、慈しんで、ごめん。
柴田を抱くたびに、拭いきれない罪悪感が襲ってくる。 まだ無垢な柴田を汚してしまう罪悪感と、お前に対する罪悪感。 たまに、吐きそうになるよ。 罪悪感じゃない。 それを抱えながらも、柴田を抱いてしまう俺に。
許してくれとは言わない。 いっそ、責めてくれれば楽になるのかもしれない。
けれど、俺が思い出す沙織はいつも笑っていて。 幸せそうに、俺の傍にいる。
あの時俺は本当に幸せで。 ずっと、あのままでいたかった。 それなのに、俺はまた新しい幸せを求めている。
どうして、あのままではいられなかったんだろう。
「・・・まやま、さん?」 声がして、俺は我に返る。 「寝ないんですか?」 小さな声を聞くだけで、安心をする。 「ん?寝るよ?」 俺は平静を装う。
柴田が、俺の顔を見る。 きっと、こいつなりに何かを感じ取ろうとしているのだろう。 ひたむきに、俺の気持ちだけを考えてくれる柴田はとてもかわいい。 ゆっくりと、ベッドの中で柴田を抱き寄せる。 眠そうな柴田の唇がゆっくりと動く。
「大丈夫です・・・みんな、真山さんが好きですよ?」
ゆっくりと。じっくりと。 柴田の言葉は、俺を包んでいく。
俺は顔を上げた。 眠っているのか、柴田はもう目を閉じていた。
沙織、ごめん。 俺だけこんなに幸せで、ごめんな。
もう一度、柴田をぎゅっと抱いて。 それから、そっと腕を抜いた。 柴田の頭をニ、三度撫でて、ベッドから起き上がる。
いつか行った、沙織と二度目に別れたあの島。 あそこで、沙織に言われた言葉。 「幸せだよね、私たち?」
あの時は、答えてやれなかった。 でも、今なら答えを用意できるよ、沙織。 「幸せだったよ」 きっと、誰よりも幸せな兄妹だったよ、俺達は。
だから、もう一度幸せになりたいんだ。 あの頃の俺達みたいに。 同じ幸せは、手に入れられないとわかっているけど。
お前のことは忘れない。決して。 大事に大事に抱えて生きるから。
少しだけ、前向きに生きてみるよ。 恨んでても、憎んでもいいから、そこから見守っていてくれ。
いつか、お前に恥じないような幸せを掴めるその日まで。
|