49:ごましお

 

 

 

 

あれは、木戸さんも合コンの為に早退し、

遠山君も捜査(と言うか無許可で私有地に入ってちょっともめてたらしい)に出ていて

私と真山さん・柴田さんの三人しか弐係にいない日でした。

 

本当に些細な真山さんと柴田さんの二人のやり取りを私はたまたま目にしました。

 

二人は、いつものように事件を抱えているようで、柴田さんが考えた推理を一生懸命真山さんに話しているところでした。

「ふーん。なるほどね」

普段では見せない真山さんの真摯な顔です。

「あとは決定的な証拠だけと思うんですけど・・・」

こうして見ると、柴田さんって東大出身なんだなぁと感じます。

「・・・いいんじゃない?それだけわかってたら充分でしょ?あとは一課のいつもの皆様におまかせすれば?」

真山さんは応接ソファに座って、自席に座っている柴田さんの話を背中越しに聞いています。

柴田さんは真山さんに推理を聞いてもらって安心したのか、さっきまでの凛々しさから一転、

自分の椅子の上に正座してくるくると回っていて、まるで小さな子供のようでした。

 

その時、真山さんが胸ポケットを探り始めました。

そしてくるりと柴田さんの方を向いて、一言、言いました。

「柴田」

すると、何かに気付いたらしい柴田さんが、小さく返事をして椅子の回転をやめ、立ち上がりました。

そしてそのまま真正面にある真山さんのデスクにおいてある灰皿を手に取ったのです。

 

「真山さん、はい」

柴田さんの声を合図に、真山さんが後ろを振り向きました。

「ん」

真山さんは柴田さんから灰皿を受け取ると、早々にポケットから取り出した煙草を咥えていました。

 

この何気ない動作に、私はパソコンのモニターに隠れて感動をしました。

あれですよね?よくドラマである長年連れ添った夫婦のあれ。

これぞ、あうんの呼吸。ツーカーな仲。

物凄くさり気ないですが、この二人はこんな短期間にそんな仲に・・・?

 

そして、ふと自分と妻の事を思いました。

私たちは彼らよりも長い間一緒にいるのですが、あんなに呼吸が合ったことなんてあったでしょうか。

・・・・・・・。

僕と妻はお見合い結婚ですが、子宝にも恵まれ、それなりに幸せにやってきたつもりです。

ようし。負けてはいられません。

早速翌日の朝食で、僕と妻の呼吸を試してみることにしました。

 

私はここ数年間、朝食のご飯にごましおをかける事を習慣にしています。

私が何も言わなくても妻はすっと僕にごましおを取ってくれるでしょうか。

でもきっと、毎日朝食の支度をしてくれる妻ならきっとわかってくれるでしょう。

 

「か、かあさん」

しまった。声が裏返ってしまいした。

・・・妻の返事はありません。

仕方ありません。

子供の多い我が家では朝ごはんはまるで戦争で、

子供たちの大きな声で私の裏返った情けない声などかき消されるのは当然のことでしょう。

えー、ごっほん。

少々わざとらしくなってしまいましたが、咳払いをしてもう一度呼んでみることにしました。

「えー、かあさん」

すると妻もようやく気付いてくれたようです。

忙しい最中、僕のほうに顔を向けてくれました。

「なんですか?お父さん」

うーん。なんですかと聞かれても困ってしまいます。

僕の目的は、あうんの呼吸でごましおを取ってもらうことですから。

 

仕方ないので、目で合図をすることにしました。

じっとごましおを見つめてみます。

すると妻は言いました。

「どうしたんですか?お父さん。眼鏡、遠近両用が必要なの?」

どうやら妻は僕の目線を「老眼になっちゃった」のサインと取り違えてしまったようです。

まだちょっと老眼には早いみたいなので、首を振りました。

「違うんですか?じゃあなんですか?」

妻が私に問い直します。

やはりすぐに目だけで会話は難しいのかもしれません。

千里の道も一歩から。小さいことからコツコツと。

そうでした。私の座右の銘を忘れる所でした。

とりあえず、難易度を軽くして徐々に慣らすとすることにします。

「かあさん、あれとって下さい」

そうそう。とりあえずはそこまで言って、いつものごましおを取って貰えば良い訳です。

 

「・・・お父さん、『あれ』ってなんですか?」

え?まさか・・・わからないんですか?かあさん?

僕は少々焦ってしまいました。

だって、ここ数年毎日朝食には欠かさず・・・

「あれですよ、あれ」

少し必死になってしまします。

しかし、妻は怪訝な顔をしているようです。

「あれ・・・?」

そうです、私が毎朝かける『ごましお』ですよ!

「おとうさん。『あれ』じゃわかりませんよ。ちゃんと名前を言ってください」

・・・注意を受けてしまいました・・・。

「あ!それとも物の名前がすぐ出てこないんですか?いやだ、お父さんもうそんな年?」

終いにはボケを疑われてしまいました・・・

 

ああ、長い間夫婦でいるのに・・・

僕と妻の意思疎通能力は真山さんと柴田さんに適わないんですね。

思わずため息をついてしまいます。

 

妻に「気にしないで下さい」と言って、僕は自分で取ろうとごましおの方に手を伸ばしました。

すると、僕よりも早くごましおを掴む小さな手。

 

「はい、おとうさん」

僕にごましおを手渡してくれたのは、息子のてるたろうでした。

「てるたろう、ありがとう」

お礼を言うと、てるたろうはにっこりと笑ってくれました。

「おとうさん、まいにちこれをごはんにかけるでしょ?ぼく、ちゃんとしってるよ」

その言葉に僕もつられて笑顔になりました。

 

真山さんと柴田さんのように目で通じ合うことは出来ないけれど、

僕と妻の間には、ちゃんとてるたろうたちのようなかわいらしい子供がいて、

それは何よりもな二人の共有した時間の長さと夫婦である証のように思えました。

 

早く、お二人にもそんな事を実感できるような時が来るといいですね。

 

 

・・・なんて少し人生の先輩ぶってみたりして。

決して面と向かって言うことはありませんが、僕も、そして弐係のみんなも。

二人がはやく幸せになる事を願っていますよ。

 

頑張って下さいね、真山さん、柴田さん。