48:時間

 

 

 

 

「もし、時間を戻せるとしたら、いつに戻りたいですか?」

 

彩が読んでいた雑誌の1ページ。

雑誌の読者から寄せられた様々な意見がそこに書いてあった。

 

「何々?子供の頃、彼氏と出会った頃、元カレと別れる前・・・何や、いろいろあんねんな〜」

彩が弐係で雑誌をオッサンのように音読しながら呟いた。

ふと、彩は疑問に思った。

 

「なぁみんな。戻れるとしたらいつに戻りたい?」

 

弐係の面々の顔が上がり、それぞれがなんとなく考えているようだ。

彩の質問が、格好の暇つぶしになりそうだ。

 

「・・・そうですね・・・僕なら・・・」

初めに口を開いたのは、近藤だった。

「てるたろうが生まれた時、でしょうか」

 

「『てるたろう』って近藤さんの子供やったっけ?」

「はい。他の子供たちの出産には立ち会えたんですけど、てるたろうの時だけは立ち会えなかったんです」

「へぇ・・・それは残念やったなぁ、近藤さん」

「はい。でも逆に生まれた時を見てやれなかったから、てるたろうの事を一番よく見ているんですよ。

一番仲良しなのも彼ですし」

「じゃあ別にええやん。なぁ?」

「うーん、でもやっぱり立ち会いたかったですよ。てるたろうが生まれる時を」

「そんなもんなんかなぁ・・・」

「はい」

 

「ワシは・・・」

次は口を開いたのは金太郎だった。

「高校三年生の時っすかね」

 

 

「高三・・・って受験かいな」

「もう一度受験生に戻って・・・今度こそは京大一発合格や!!」

「無理やろ」

「無理ですね」

「絶対無理」

「・・・みんなで声揃えんとって下さい・・・」

 

「木戸さんは?」

近藤が彩に尋ねた。

「アタシは・・・やっぱ中学生の可憐な時代やろか・・・?」

 

「どうせ、『その歳から煙草吸うのやめとけ〜』とかでしょ?」

「え?姐さん中学ん時から喫煙でっか?違法でっせ?」

「だから、そんなに肌がっさがさなんだよ」

「うっさいわ!すっぱすっぱ煙草吸うとるアンタに言われたくないわ!!」

「俺は男だから肌荒れしてもいいもんね〜」

「・・・煙草ばっか吸っとったら、インポになるで?」

「それはメンソールでしょ?」

「・・・ちっ。知っとったか」

 

 

「じゃあ、真山さんは?」

「・・・俺はちゃんと二十歳の誕生日にはじめて煙草を・・・(嘘)」

「ちゃうって。『いつに戻りたい』?真山さんは」

「は?俺?」

「そーや。アンタはどう・・・」

 

そう言いかけて、彩はぎくりとした。

真山の戻りたい時は聞かなくてもわかりきっている。

 

妹が生きていて、あの男にも出会う前の幸せなとき。

彼の人生で、唯一かもしれないゆったりとした時間。

悪夢が始まるあの日々を。

 

彩は後悔をした。

こんな質問を真山に投げかけてしまったことに。

それはきっと、真山の記憶を呼び起こしてしまっただろうことに。

 

「あー、あれだね。昨日の夜」

しかし、真山から聞こえたのは意外な言葉だった。

「・・・は?」

「だから、『時間を戻すとしたら、いつに戻りたい?』ってことでしょ?自分が聞いたんじゃん」

真山は、平然と煙草をふかしている。

 

「昨日食ったカツがすごい美味かったんだよね。あー、もう一回食べてぇー」

「へぇ・・・どちらのお店なんですか?」

「それがさー、聞いてよ近藤さん。柴田のバカが迷った先で入った店だからわかんないのよ。

この馬鹿も覚えてないんだよ。馬鹿、馬鹿柴田!!」

真山が柴田を睨んで、机に上においてあった雑誌を柴田に投げつけた。

調書にのめり込んで、一人の世界を築いていた柴田が、ようやく顔を上げる。

「痛っ!・・・真山さん何するんですかぁ〜?」

「ね、そんな調書よりもさ、昨日のカツ屋を調べてよ」

「ああ、昨日のとんかつ屋さん美味しかったですねー」

「お?意外だね〜。お前にも味の良し悪しがわかんの?味オンチのくせに」

「ひっど〜い。私にも美味しいものくらいわかりますよ〜」

「じゃあ、あのまっずい妙なお茶は何?」

「・・・『柴田スペシャル』のことですか?」

 

むくれた柴田を宥める様に、近藤が声をかけた。

「柴田さんは、戻れるとしたら何時に戻りたいですか?」

「え?戻るとしたら、ですか?」

柴田が考え込んだ。

彼女も、辛い記憶の持ち主で、きっと取り戻したい時間は沢山あるはず。

しかし、柴田はへらりと笑って言った。

「では、5年前に戻ってこの事件の真相を知りたいですね」

「難しいんですか?その事件」

「そうですねぇ・・・ちょっと被害者の行動がよくわからなくて・・・」

 

きっと、そうなんだろう。この二人は。

どんなに辛いことでも、苦しいことでも、後悔なんてしないで前をしっかり見ていきていくんだろう。

二人で、一緒に。

 

「と、いうわけで真山さん」

「嫌です柴田さん」

そんなことおっしゃらずに、行きましょうよ〜」

「やだよ!どうせまたどっかに連れて行かされて帰れないんでしょ?」

「大丈夫ですよ。明日はお休みですから」

「何が大丈夫何だよ!!定時過ぎる気まんまんじゃん!!他のヤツ連れてけよ、他のヤツ」

「・・・真山さん、実は私夕べのとんかつ屋さんの場所、覚えています」

「マジで?どこだよ?」

「捜査についてきてくださったら、連れていってあげてもいいです」

「・・・お前、俺に取引を持ちかけてんの?」

「はい。・・・ダメですか?」

「奢りね?カツ」

「はい。いくらでも」

「・・・定時に終わるぞ」

「努力します」

「そうと決まったら、さっさと行くよ〜」

「あ、待って下さいよ〜。真山さーん」

 

 

ほら、こんな風にね。