48:幻滅
もう、自分の家という感覚すら覚える、真山の部屋。 今更ではあるが、他人の、しかも男の部屋に入り浸る自分なんて、数年前までには思いもよらなかった。 改めて思うとすごくいかがわしい気がして、一人で赤くなってしまう。 そうだ、ここは「男の人の部屋」なのだ。 物がないのは、男の人の部屋の特徴なんだろうか。 ごちゃごちゃとモノが散らかる自分の部屋を思い出して、あの部屋に真山さんは呼べないなと思った。 ベッドと、水槽。無愛想な洋服ラック。 殺風景な、よく言えばシンプルなこの部屋はやっぱり真山らしいと思う。 冷たい印象の部屋の中で、唯一生気を放つこの水槽の存在も。
柴田が足元を見ると、自分の脚と真山の脚が入り組んで、一つのもののように見えた。 恥ずかしくて自分の脚同士を摺り寄せた。 しかしその行為が、かえっていやらしく見えて、視線を真山の顔に戻した。 真山はそんな柴田の行動を全く気にしていないようで、ぼんやりと天井を見ていた。
セックスの後は、収まらない胸の鼓動と急激に冷めていく身体のアンバランスさが、独得の疲労感を持ってくる。 すぐにも眠れそうなのだが、なんとなく勿体無くて柴田はその疲労感まで楽しむように長いことこうしていた。 それは、真山も同じ様子だった。
「・・・何か、見えますか?」 長い間、天井を見つめている真山に柴田が聞いてみた。 「別に?」 ぼそりと真山が呟いた。 真山の、男性にしては長い睫毛が上下した。 それから、ふぅっとため息が聞こえた。 柴田の頬が当たっている真山の胸がへっこんだ。 「・・・ね、重いんだけど?」 セックスが終わった後、真山が預けてくる体重の重さが少し辛くて、柴田はぐったりとした真山と体勢を入れ替えた。 こうやって、真山の心臓辺りに耳をつけて鼓動を聞くのが柴田はとても好きだった。 だから、柴田の方からこの体勢をやめるのは滅多にないことだった。 大抵はこのように真山から立ち退きを命じられ、しぶしぶ退くか、それともそのまま眠りについてしまって、真山が退かすかのどちらかだ。 「どかなきゃ駄目ですか?」 柴田が抵抗を見せた。 「代わってみる?結構キツイよ?」 柴田は軽く首を振った。 顔を上げて、真山の胸の上に顎を乗せる。 渋い顔をして、真山は柴田を見下ろしていた。 「どけって。な?」 真山の低い声が鼓膜と身体を通した振動で柴田に伝わる。
「じゃあ、代わりに・・・」 柴田は笑顔を作って言った。 「あれ、やってくれますか?」 「・・・あれ?」 真山が眉間の皺を増やした。 「うでまくら、です」 柴田の言葉に、真山は眉間に皺が寄ったままだった。 「夢だったんですよね〜。うでまくら」 ふふっと柴田が口の中で笑った。
しかし、真山は冷たく反応をする。 「・・・やだ」 「ええっ!?」 柴田が過剰ともいえるほど大きな声を出した。 「・・・どうしてですか?」 信じられないという感情が柴田の胸の中を支配していていた。 「なんであんなモンしたがるのかわかんないけどさ、そんないいもんじゃないよ?」 本当に嫌そうに真山が言うので、柴田は不安になってしまった。 小さいころから、ずっと憧れてきたうでまくら。 今夜こそ、その夢をかなえてもらおうと思ったのに・・・ 「・・・そんなにいいもんじゃないんですか?」 恐る恐る柴田が聞いた。 「うん。だってさ、腕がまくらになるわけだよ?痛いし、小さいし、最悪だね」 「最悪ですか・・・」 柴田はため息をついた。
確かに、真山の言っている事はもっともだ。 面積の小さく、安定感の悪い腕をまくらにしたところで熟睡は得られないだろう。 柴田は納得しかけて、はたと大切なことに気が付いた。
「違います!熟睡を得たくて、うでまくらをしてもらうんじゃないんです!!」 「・・・は?」 大きな声の柴田に、真山は少し引いていた。 「熟睡じゃなくって、なんていうか・・・密着感といいますか・・・ 女の子としてはですね、好きな男性と少しでも近いところで眠りにつきたいわけですよ」 柴田は必死に説明を試みた。 うでまくらに熟睡を求めるなんて、なんて真山さんはロマンがわかっていない人なんだろう。そう密かに思いながら。 「男の子としては、そんなめんどくさい思いして腕が疲れるのはまっぴらなんですけど」 柴田の想いとはうらはらに、真山はふざけながら答えた。 でも、どうやらそれが本音らしい。「腕が疲れる」彼はそれを嫌がっているのだ。
「ねぇ〜、まやまさぁ〜ん」 甘える女、というよりはおもちゃをねだる子供のように柴田が言った。 「イヤだって言ってんでしょ?いい子にして寝なさい」 真山の腕が柴田の華奢な肩を掴んだ。 自分の上から柴田を退かせようとしているのだ。 それを察知した柴田が、がしっと真山にしがみ付いた。 「いやです!うでまくらしてくださぁ〜い」 「・・・幻滅するだけだよ?」 真山は早くも呆れた様子だった。 いつもなら、もう少し二人の攻防が繰り広げられるはずなのだが、今夜の真山は疲れているのかもしれない。 それとも、こうと信じたらてこでも動かない柴田の正確を熟知しているからなのかもしれない。 「それでも構いません!息の根が止まるまで真実を追うのが刑事の使命です!!」 「・・・それはちょっと違うでしょ?」 そう言うと、真山は大きくため息をついて、頭を掻いた。 そして、気乗りしない声ながらも静かに呟いた。 「・・・一回だけだぞ」 その声に、柴田は素直に「はい」と答えて、真山の身体から降りた。
柴田が降りると、真山は壁側に寄った。 空いたスペースに、柴田が遠慮がちに収まる。 「ん」 真山の小さな声が聞こえて、腕が差し出された。 「失礼します」 柴田は小さくそう断ってから、頭を上げて真山の腕に乗せた。
しばらくの沈黙。
「・・・どう?」 頭のすぐ上で、真山の声が聞こえた。 「う〜ん・・・」 柴田はどう答えたらいいか解らず、小さく唸った。 「ね?そんないいもんでもないでしょ?」 真山があくびをしながら言った。もう眠いのだろう。 「う〜ん・・・」 もう一度柴田が唸る。
真山の言うとおり、それは特別にいいものではなかった。 細い真山の腕は、筋肉質なのでごつごつしてる。 正直、「枕としての機能」としては、最低ランクのものだった。 であるけれど。
「・・・真山さん」 「んー?」 「なんか、安心します」 「・・・そういうもん?」 「はい。・・・なんか、真山さんの中に納まったみたいで」 「何それ」 真山が軽く笑った。
柴田は、体の位置をずらして腕の付け根の下、胸の上のほうに頭の中心を置いた。 広い真山の胸の上で、柴田の頭が安定した。 「それじゃあ、うでまくらじゃないでしょ?」 「でも、こっちの方がしっくり来ます」 「・・・今日だけだからな」 真山はそう言って、空いてしまった方の腕で柴田の肩を抱いた。 ふぅっと柴田が安心したように深呼吸をした。
腕枕は、感覚的には気持ちよくはないけれど、精神的にとても気持ちいい。 例えば、母親の中にいる胎児。例えば、カンガルーのポケットの中。 あるべき場所に、自分がすっぽりと納まったような感じがするからだ。
「真山さん」 「んー?」 「痛いですか?」 「え?」 「腕。やっぱり重いですか?痛いですか?」 「う〜ん」 「真似しないで下さい」 ふっと真山が笑った。
それからゆっくりと、つむじの辺りに真山の唇の感触がした。 「んー、そうでもないかも」 くぐもった真山の声。 「どんな感じですか?」 「柴田さんが俺の中に納まったカンジ?」 真山がもう一度、柴田の真似をした。
けれども、それはきっと真山の本心のような気がした。 それくらいに二人はぴったりと一つの陰になっていた。
柴田はもう一度足元を見た。 やっぱり自分の脚と真山の脚が一つのもののように見える。 けれども、少しも恥ずかしさを感じなかった。 自分はいるべき場所に収まっているのだ。 そう、たとえばこの殺風景な部屋の家具のように。
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