47:座布団
俺の家にある座布団。 水槽の前にそれは、ある。
柴田がこの家に頻繁に来るようになった頃はなんだかんだ言いながら、二人くっついて過ごした。 それは風呂だったり、ベッドだったり。 二人の距離を埋めるように俺たちはずっと触れ合っていた。 お互いの体温を感じられることが嬉しかった。
けれどしばらく経って 俺たちは同じ部屋にいながら、別々の事をするようになっていた。 元々、個人主義な俺たちだ。 柴田は、テレビを見たり、本や調書を読んだりしていたし、 俺は煙草を吸ったりして、それまでと全く変わらない時間を過ごしていた。 寝る時にだけ、お互いを感じた。ただそれだけで良かった。
ある時、休みの日に柴田があの座布団を持ってやってきた。 「お尻が痛いんですよねぇ」と呟きながら、柴田がその座布団を置いたのが、水槽の前だった。 そういえば、柴田はよくこの水槽を覗いていたような気がする。
その日も柴田は早速水槽の前に置いた座布団に座り、金魚をじっと見ていた。 「ね、面白い?金魚」 俺はベッドに腰をかけ煙草を咥えたまま、後姿の柴田に尋ねた。 「・・・はい」 柴田は俺のほうを振り向かずに答えた。 「どの辺が?」 「・・・さぁ?」 「わかんないのに見てるの?」 「うーん。どうしてでしょう。飽きないんですよね。見てて」
一瞬、脳裏に懐かしい風景が浮かぶ。 「そうだよね、生きてるんだもんね。嬉しいんだよね」 浮かぶのは、死んだ妹の声。屈託のない笑顔。 あれは、夢だったのだろうか。 思い出が綺麗過ぎて、そんなことさえ感じてしまう。
「・・・真山さん」 柴田の呼ぶ声に、はっとして煙草の灰が落ちそうになった。 「餌あげてもいいですか?」 こちらを向いているのは、妹ではなく柴田。 当たり前のその事実に、ここが現実である事を感じる。
ゆっくりとベッドから立ち上がり、水槽の上においている餌を手に取る。 「お前の係でしょ?餌やり」 手にした餌を柴田に手渡した。 「そういえば・・・そうでしたね」 柴田が笑った。 沙織とは違う、でもとてもやわらかい笑顔で。
その日以来、水槽の前の座布団は、柴田の指定席になっている。 柴田が俺の部屋にいるときは、だいたいそこに座っている。 そして、俺はベッドに座りながらその後ろ姿を見ている。
例え、柴田がこの部屋にいなくても、俺はぼんやりとその場所を見つめたりもする。
青白い水槽、緑の水草、紅い金魚。 それが妹の忘れ形見のように。 水槽の前の座布団は、 もう既に柴田の思い出が染み付いているようだ。
例えば、お前が俺の前からいなくなる時が来たら、 俺はきっとこの部屋に残されたこの座布団を見てお前を思い出すだろう。
柴田、お願い。 もしその時が来るのならば、一緒にこの座布団も持っていってくれ。
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