45:現在地
「あれ?真山さーん?」 捜査の途中、気がつけば真山さんが隣にいなかった。 きょろきょろと周りを見回す。
「あーあー」 また怒られちゃうなー。叩かれるかなー。 真山さんが叩くと、本当に痛いんだもん。 嫌だなー・・・
それでも一人だと、確実に現場まで辿り着けない。 いままで自覚は全くなかったけれど、どうやら私は「方向音痴」(しかも極度の)らしいから。 今も、歩きながら調書を読むのに夢中になっていて、現在地がわからない。 自分が、どの方向に向かっているのかさえも。
「真山さーん・・・」 声に出して、呟いてみた。 真山さんに怒られるのはこわいけれど、今の状況も少し、怖い。 何だかんだと言いながら、真山さんはいつも私を行きたいところに連れて行ってくれる。 「はぁ・・・」 今度はため息が漏れた。 途方に暮れてもしょうがない。 調書を愛用の鞄に入れて、きょろきょろと見渡しながら歩き始めた。
背の高い真山さんは、人ごみの中でも少し目立つ。 目印である眉間の皺を、少し高い目線で探した。
どれくらい経ったのだろうか。 黒いコート、立ち昇る細い紫煙、細い体、短い髪。 見覚えのある背中を人込みの中に見つける。 「真山さ・・・」 声を掛けようとして、固まってしまった。
その後姿は、髪の長い女性の手を取り、 そして二つの後姿は仲睦まじく寄り添った。
思考が停まる。 凍りついたように、その場を動けなかった。
・・・真山さんがいないと、ここがどこかわからない。
ぱちん 「・・・痛っ」 頭に何か衝撃を受けて、振り返る。
「ぼーっとしてるんじゃないよ」 「あ・・・真山さん・・・?あれ?」 振り返ると、真山さんがそこにいた。 ・・・じゃあさっきの人は? 思わず、真山さんの顔をじっと見つめた。 「・・・何?アホみたいな顔して。・・・あ、もともとお前アホ面か」 真山さんが吸っていた煙草を落とした。 「・・・今、真山さん女の人と歩いてましたよね?腕組んで」 「は?」 「ですから〜、女の人と・・・」 「人違いでしょ?」 「・・・ですかね?」 「うん」 真山さんがコートのポケットから煙草を取り出す。
「真山さん・・・あの、おねがいがあるんですけど・・・」 真山さんが不機嫌そうに私のほうを見た。 「何だよ」
「・・・もし、真山さんに恋人ができたら言って下さい」
「何でだよ。お前には関係ないじゃん」 「う・・・そうなんですけど」 言葉が続かない。 真山さんが煙草に火をつける。 「ほら・・・もし、恋人とかいらっしゃったら休日の捜査に付き合っていただくのも悪いですし・・・」
「いるよ」
「え・・・?」 真山さんの声が低すぎて、一瞬聞き取れなかったように思えた。 「俺、彼女いるよ。お前に言ってないだけで」 真山さんが煙草を咥えながらもう一度言った。 「そう、なんですか・・・」 肩にかけている鞄の取っ手をぎゅっと握り締めた。 さっきまで、何も感じなかったのに鞄がやけに重く感じる。 真山さんがゆっくりと煙草を吸い、そして煙をゆっくりと吐き出した。
「『彼女いる』って言っとけば、休日捜査に行かなくって済むんだろ? だったら俺彼女いるよ。・・・そうだな、10人くらい?」 「・・・10人ですか?」 「うん。10人。ヨリコにメグミにサエコにケイコにヒロコに・・・」 真山さんが女の子を指折り数えていく。 「そんなに?」 「いや〜、モテる男はつらいねー」 真山さんが私の前をすたすたと歩き始めた。
しかし、私は動けなかった。 誰か女の人と一緒にいる真山さん。 どうしても、想像できなかった。
私を叩くあの手で女の人を撫でたりするのだろうか。 私を悪く言うあの唇で、女の人とキスをするのだろうか。 それを思うだけでなんだかとても、切なくなった。
「しばた〜」 真山さんが振り返って私の名前を呼んだ。
あの声で、愛を囁いたりするんだろうか・・・
ばしっ 「あいたっ」 「何ボーっとしてるんだよ。また迷子になるよ?探すの俺だよ?ちゃんと歩けよ!」 真山さんが怒っている。 私は真山さんの顔を、また見上げた。 「本当ですか?・・・さっきの」 「は?」 「ですから、さっきの彼女がいるって言うの・・・」 まるで犯人を問い詰めるような口調で真山さんに尋ねた。
「ああ、あれ?ウソに決まってんじゃん」 あっさりと、真山さんが否定する。 「・・・は?」 「嘘。お前、あんなバレバレの嘘に騙されてんの?」 「うそ・・・」 どっと気が抜けた。 「お前さ、常識で考えて?朝も昼も夜も休みの日も誰かさんに連れまわされてさ、出会いなんかあるわけないじゃん」 「・・・なるほど」 「出会いって言っても、死体か容疑者だろ?どう発展させろって言うんだよ」 「そうですね・・・」 ばしっ 「いた・・・なんで叩くんですかー!?」 「『そうですね』じゃないよ!俺の幸せは?何で捜査なんかで俺の幸せはつぶれんの? あ〜、転職しよーかな」 「駄目です」 思わず、真山さんの腕を掴んだ。 「・・・何で?」 「真山さんがいなかったら・・・私、一生迷子です」 「あっそ。いいじゃん。迷子になってれば?」 「・・・・」 「じゃあ何?お前、自分のために俺にずっと刑事やってろって言いたいの?」 ・・・よくわからない。少し考え込んでしまった。
「・・・駄目ですか?」 真山さんが私のほうを見た。 「私のために、刑事でいてください。・・・それじゃあ駄目ですか?」 ちょっと緊張した。 けれども、真山さんは目を逸らさずわたしのほうを真っ直ぐ見てくれた。 それが嬉しかった。
「駄目」 真山さんがフッと笑った。 「え〜?だめですか・・・?」 「あったり前じゃん。俺の見返りは?」 「見返り・・・あ!ご飯おごります!!」 「それだけかよ」 「え?・・・じゃあ・・・」 真山さんの喜ぶことってなんだろう・・・考えたけれどなかなか浮かんでこない。
「しっかり定時守って、休日休ませてくれるなら考えてやってもいいけど?」 真山さんの言葉に、慌てて顔を上げた。 「本当ですか!?」 もう一度、真山さんが優しく笑った。 「考えてやるよ。ちゃんと守れたらね」 真山さんの手が、今度は優しく私の頭を撫でてくれた。 「ありがとうございます!!しっかり柴田純、本日から定時を守ります!」 張り切って敬礼をする私を見て、真山さんが冷静に腕時計を覗いた。 「・・・ちなみに今日はあと15分だけどね」 「え!?・・・本当ですか?」 「うん。ほら、もう5時」 「・・・どうしよう・・・現場に行ったらもう定時になっちゃいますね・・・」 「どうします?係長」 真山さんがニヤニヤと意地悪い笑みを浮べて、私を見下ろす。
「真山さん・・・定時守るのは明日からでいいですか?」 「はぁ!?・・・お前の気持ちはその程度なんだ・・・そっか・・・転職しよーっと」 「違います!!あ〜・・・どうしよう・・・」
今自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか。 今はまだわからないけれど。
あなたの隣にいれば、きっと何か見える気がする。 きっと。
「真山さん、カツ食べたくないですか?」 「いいねぇ。お前のおごり?」 「はい。・・・ですから今日の定時越えはノーカウントで・・・」 「却下」 「え〜?真山さぁ〜ん」 「うるせぇよ!変な声出すな!!公道だよ?ここ」
あなたと一緒なら、 きっとどこへでも行ける。 ふと、そう思った。
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