45:外泊
深夜、真山が目を覚ますと、見覚えのある天井が見えた。 まだ覚め切らない頭を掻いて、辺りを見回す。 「・・・あ」 「あ、おはようございます。真山さん」 柴田がいた。何のことはない、天井に見覚えがあったのは弐係だったからだ。
真山はゆっくりと自分が寝ていた応接ソファから起き上がった。 朝から刑事魂のオジョーサマに引っ張りまわされて、やっと犯人を逮捕できたのがとっくに定時を過ぎた頃で。 それから、報告書を作らされに無理矢理弐係まで連れて来られ、柴田にほとんど報告書を作らせたところまでは覚えている。 「・・・くそ」 疲れが出て、そのままソファで寝てしまったと言うことか。 真山は大きくため息をつくと、煙草を取り出した。 そのうちの一本を咥えながら、柴田に訊く。 「・・・ね」 「あ、はい。なんでしょうか?」 少し離れた床の上で、資料の山に埋もれている柴田がこちらを向いた。 「何時?今」 「えーっと・・・3時半です」 柴田が腕時計を見ながら言った。 「は!?さんじ・・・!?」 真山は火のついていないままの煙草を落としそうになりながらも、振り返って壁に掛けてある時計を見た。 午前3時28分。柴田の言っていることに間違いはない。 真山は全身の力を抜き、ソファにもたれかかった。 「終電無いじゃん・・・」 絶望的な声で真山はそう呟くと、咥えていた煙草を舌打ちしながら掴んで、応接テーブルの上に投げるように置いた。
頭を掻きむしりながら柴田の方を見ると、柴田は難しそうな顔をして調書を読んでいる。 「ねぇ、シバタ」 真山は机に置いた煙草を柴田に投げつけた。 「はい?」 柴田は調書から顔を上げない。 「まーだ終わんない訳?報告書」 「終わりましたよ?」 「は?」 「報告書は一時間ほどで仕上げましたが・・・」 柴田がぺらぺらとページをめくる音が深夜の弐係に響いた。 「・・・じゃあお前は何をやってんの?それ」 「別の面白そうな事件見つけちゃいまして」 柴田がえへへと顔を上げた。 「は!?何?じゃあ、俺要らないじゃん。帰ってもいいじゃん。何で起こしてくんないの?ねえ、なんで!?」 「えー、だって真山さんすっごい気持ち良さそうに眠ってたし・・・私の優しさですよ〜?」 「優しさ?どこが?終電前に起こしてくれる方がよっぽど優しいと俺は思うけどね!」 「もー、わがまま言わないで下さいよ〜。しょうがないじゃないですか。過ぎた事は・・・オトナ気ない・・・」 「お前にオトナを語られたくないよ!畜生。どーすんだよ。今から帰っても全然寝れねーじゃん」 「・・・その前にタクシー代ありますか?給料日前ですけど・・・」 「柴田、貸し・・・」 「私も持ち合わせありませんよ?」 間髪いれずに柴田が言った。 「使えねー」 もう一度舌打ちをして、真山はまた煙草を一本取り出した。
その煙草に火をつける横顔を見て、柴田が尋ねた。 「・・・どうするんですか?」 真山は火のついた煙草を不味そうに吸った。 「ここに泊まるしかないじゃん」 「ええっ!!」 柴田が急に赤い顔になって立ち上がった。 「・・・何だよ」 「そ、そんな困ります〜!!」 「は?なんで?」 「だって・・・そんな・・・男の人と一緒の部屋で一晩明かすなんて・・・お嫁に行けません〜!!」 泣きそうな顔でくねくねとしている柴田を、真山は呆れた顔で見た。 「お前さ、何期待してんの?」 「し、してませんよ!!期待なんて!!」 「あ、ますます赤くなった。やーらし」 「やめてください!!真山さん、失礼ですよ!?」 ますます赤くなる柴田とは対照的に、真山は冷めた顔でゆっくりと煙草を吸った。
「・・・あのさ、さっきまで俺ここで寝てたじゃん。それが朝まで続くだけ。いいじゃん別に」 「でも・・・」 「俺さ、疲れてんの。寝たいの。眠いの。・・・それに言っとくけどさ、間違ってもお前になんか手ぇ出さないし」 「はぁ・・・」 「お前どうせ一人で朝まで調書読むんでしょ?気にしなきゃいいじゃん。ね?」 何か言いたそうな柴田を無視して、真山は煙草を灰皿に押し付け、ソファに横になった。 「・・・真山さん・・・」 柴田の困ったような声が聞こえたが、真山は答えずに目を閉じた。
真山は目を瞑っていたが、柴田がしゃがみこんだのがわかった。 別に何でもないことなのに、柴田が馬鹿みたいに騒ぎ立てるので、なんだかちょっと意識してしまったりするではないか。 真山は、無理矢理眠ろうとしたが、なんとなく寝付けない。 朝早く始発電車で柴田が家に来て、捜査に連れまわされたから眠いはずなのに。 ・・・そういえば、柴田は眠くないんだろうか。 覚えている限り、3日ほど同じ服で、かなり頭が臭い。 柴田が家に帰っていないということは、ずっと弐係や現場に泊り込みだったということではないのか。 捜査となると、柴田は食べるのも寝るのも忘れ没頭するはずだ。 「・・・シバタ?」 真山は目を開けて、むくりと起き上がった。 そしてゆっくりと立ち上がると、柴田のほうに歩いて行く。
真山がぴたりと足を止め、そのつま先の辺りを見下ろした。 そこには、捜査資料に埋もれた柴田が眠っていた。 「柴田ぁ、お前さぁ・・・」 呆れたようにそう言って、真山はしゃがんだ。 無邪気すぎる寝顔を見て、真山は苦々しく笑った。 「お嫁にいけないとか言ってる割に、警戒心とかないわけ?」 顔にかかる髪を払いのける真山の手は、酷く優しかった。 真山の手は、そのまま柴田の体に回される。 「あんまり油断してると、襲っちゃうよ?」 自分の言った台詞に真山はまた、苦笑いをした。
弐係の一番乗りは大抵近藤だった。 何故「大抵」という言葉がつくのかと言うと、近藤はいつもきっちり同じ時間に来るのだが 柴田だの金太郎だのが泊り込んでいる時が稀にあるからだ。 近藤としても特に一番乗りにこだわっている訳ではないので、別にいいのだが。
しかし、この日近藤が弐係のドアを開けたときに目に飛び込んできたのは、意外な光景だった。 「お・・・はようございます」 近藤が挨拶をすると、自分の席で椅子に縮こまって座っていた真山が顔を上げた。 「・・・やっと朝?」 その呟きの意味がわからずに、近藤がどう言葉を返したらいいか考えていると、真山が席を立ち上がった。 「近藤さん、俺さぁ、今日休むから。係長に上手く言っといて」 伸びをしながら真山が言った。 「え?休むんですか?柴田さんが捜査にいけなくてがっかりするんじゃないですかね〜」 真山は黙って応接ソファの方を見た。 近藤もその視線の先を辿ると、そこには柴田がすやすやと眠っていた。 「あれ?柴田さん・・・?」 「悪いけど、寝かしてやって。柴田、ここんところずっと寝てないと思うから」 「はい・・・」 近藤は驚いた。 真山のこんな優しい表情を見るのはほとんど初めてだったし、 柴田がこんな風に床ではなくソファで眠っているのも見るのも初めてだったからだ。 もしかしたら、柴田は真山に言われてソファで眠ったか、 それとも柴田が床で眠った後に、真山が運んであげたのかもしれないと密かに思った。
「じゃあね」 眠そうに欠伸をしながら、真山はエレベーターに向かって歩き始めた。 「もしかして、真山さんあんまり寝てないんですか?」 丁度すれ違いそうになった頃に近藤が聞くと、少しだけ近藤の方を見て真山は答えた。 「んー、ちょっとね。戦ってたんだよね」 「え?戦ってたって・・・柴田さんとですか?」 不思議そうに近藤が聞くと、真山は近藤に背中を向けて答えた。 「・・・理性?」 そのまま、真山はエレベーターに乗り、行ってしまった。 近藤は柴田の顔を見ながら、先ほどの真山の言葉を反芻する。 そして、一晩中この寝顔を見ながら理性と戦っていた真山と、その目の下にあった隈に心から同情をした。
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