44:群青
初めてあなたの体温を感じたのは、あの海でのことだった。 あんなにはっきりと、他人の体温を感じたのはきっと初めてで。 あなたのぬくもりとは逆に、私の指が緊張でどんどん冷たくなるのがわかった。
「真山さん」 「・・・ん?」 抱き合ってるせいで、声がとても近くに聞こえる。 身体全体で、声を聞いた。 こんな感覚も初めてだ。 「わたし・・・冷たくありませんか?」 あなたにも、私と同じように声が聞こえているかと思うと、はずかしくて声が小さくなる。 「・・・あったかいよ。お前」 あなたが笑った息遣いを感じて、今度は急にあつくなる。 水の冷たさは、全く感じない。 今は目が、耳が、皮膚が。私の全てがあなたを感じるための道具になっていた。
・・・あたたかい。 頬に当たるあなたの頬が。 その温かさは、とても優しくて、心地よくて。 これは体温ではない。 あなたの、ぬくもり。
気がつくと、遠くで聞こえていた、汽笛の音がどんどん近くなっていた。
「・・・真山さん、船、来ましたよ」 「知ってるよ。馬鹿じゃないんだからさぁ。さっきっからうるさかったじゃん。汽笛の音」 「そう・・・ですか?」 「何?お前気付かなかったの?あんなデカイ音」 「・・・はい。全然、聞こえませんでした」 「何だよ?耳まで悪くなっちゃったの?」 「いいえ。・・・って、『耳まで』って、ほかも悪くないですよ」 「あれ?自覚してないの?頭悪いの」 「・・・酷いです。私これでも、小さい時は神童と呼ばれ・・・」 「勉強できる、できないの話しじゃねぇよ。ってかさ、自慢?それ」 「違いますよ〜。ただ、否定材料としてですね・・・事実を述べたまでです」 「うわ、ムカツク。お前。手ぇ離してもいい?」 「きゃっ!!冗談でもやめてくださいよ〜」
「・・・でも・・・」 「ん?」 「そろそろ、ちょっと離れた方がいいですかね?」 「何で?」 「だって、みんな来ちゃいますよ?」 「・・・じゃあ、お前が離してよ」 「・・・え?」 「掴まりたいって言ったのは、お前でしょ?」 「・・・離れなきゃ、ダメなんでしょうか?」 「・・・・」 「もうちょっとだけ、いいですか?」 「・・・やっぱり、馬鹿だよ。お前」 「やっぱり馬鹿ですか?」 「好きにすればいいじゃん」 「いいんですか?」 「俺、ダメなんて言った覚えないけど?」 「・・・私も言われた覚えありません」 「あ、そっか・・・じゃあ、もう少しこのままで」 「お好きにどうぞ」
―掴まってても、いいですか?― そう言ったのは柴田だけれど。 本当は、真山の方だった。 柴田を力いっぱい抱きしめているのは。 柴田を力いっぱい掴んでいるのは。
二度と離れたくないと願っているのは。
二人の目に映ったのは、お互いの姿ではなく、深い深い海の色。 群青色の海。 それは、とてもあたたかい。 お互いの、ぬくもりのように。
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