43:ロマンチック
柴田の服装は独得だ。 今更文句を言う気も無いし、俺が何か言ったところであいつも代える気なんてないんだろう。 そういう、他人に何を言われても動じないところが気に入ってたりもするんだけど。 でも、俺は柴田のこういった服装がきっと嫌いじゃない。 白いブラウスの襟元のリボンも、首元に光るカメオも、それなりに楽しめたりするし。 それから、この長ったらしいスカートも。
都会ならでは、なのだろうか。 春のくせに優しくない風が、ふわふわと柴田のスカートがなびかせる。 真山は、いつもどおりに柴田の後ろを歩いていた。 今日は何故か、柴田のスカートがやけに目に付く。 真山がぼんやりと風になびくスカートを見ていると、急に柴田が振り返った。 「あと五分ぐらいで現場に付きますから」 そういってにこりと笑う柴田に不意を突かれた気がして、真山はすこしぎくりとする。 その細かい変化に、珍しく柴田が気付いた。 「・・・どうかしました?」 柴田は歩みを止めて、じっと真山の顔を覗き込む。 真山はなんとなく誤魔化せなくて、ばつが悪そうに咳払いを一つした。 「・・・うん」 柴田は不思議そうに首を傾げた。 「・・・スカートがさ」 「どうかしました?」 「あれだね。ジョシコウセイみてぇ」 視線を外しながら真山が呟くように言った。 「そうですか?普通のプリーツスカートですけどね」 柴田が自分のスカートをつまむ。
細かいプリーツの、このグレーのスカートは密かに柴田のお気に入りだったりする。 これは確か真山と出合った頃から着用している物なのだが、どうして今頃そんな事を言うんだろうか。 やっぱり首を傾げて、柴田はもう一度真山を見上げた。
理由を促されるような柴田の視線に、真山はため息をついた。 頭を掻きながら、ポツリポツリと話し始める。 「沙織もそんなの着てたなと思ってさ」 「・・・ああ。なるほど」 真山が言いにくそうにしていた理由がわかり、柴田は大きく頷いた。 「セーラー服だったんだよ。制服」 話しながら真山はすたすたと歩き始めた。 しかし、柴田はその場を動けず、自分の横をすり抜けて行こうとする真山の腕を掴んだ。 「・・・何?」 「このスカート、履いてこないほうがいいですか?」 「は?なんで?」 「沙織さんを思い出すんでしたら・・・私・・・」 深刻そうな顔をしている柴田を見て、真山は一瞬優しく笑い、次の瞬間には柴田の鼻を思いっきり抓った。 「いったーい!!何するんですか〜?」 すぐに真山の手から離された鼻を手で覆い、柴田は真山を睨んだ。 「お前ね、余計な気ィ、使いすぎ。ね?」 「・・・すみません」 「あやまんなって」 ゆっくりと前を歩く真山の背中は、どことなく優しくて、柴田はとたととたと小走りして近づいた。
「私もでした」 真山に追いつくなり、柴田がそう言った。 何のことか全く解らずに、真山は眉間の皺を思いっきり寄せた。 「何が?」 「セーラー服、です。私もね、高校生の時セーラー服だったんですよ?」 嬉しそうにふふっと笑う柴田を真山は冷めた目で見下ろす。 「へー」 返事は勿論棒読みだ。 「セーラー服って言いましても普通のとちょっと違っていまして・・・白い襟でこれがなかなか可愛かったんですよねー」 「良かったねー」 「あ、そうだ写真見ます?確かこの鞄の中に・・・」 誰もお前の青春時代に興味があるなんて言ってなんですけど。 真山はそう言いたかったが、柴田が一人盛り上がっているのでほっとくことにした。
しばらく「あれー?」とか「おかしいなー」とかを繰り返した後、柴田はようやく一枚の写真を取り出した。 「あー、ありました。うら若き私の写真。可愛いですよー?」 満面の笑みで柴田は真山に写真を手渡した。 「・・・ホントにお前、日本語知らないね」 呆れながらも、真山は写真を受け取った。
そこに写っていたのは、今よりほんの少し肌の張りのいい柴田と、彼女の親友だった大沢麻衣子の笑顔だった。 「・・・しめ縄」 「え?何ですか?」 「お前さ、髪の毛多いんだからみつあみはやめろよ。しめ縄みたいだよ?」 「だって、校則だったんです〜!肩にかかる髪はみつあみ、って」 「校則ね。そんなのちゃんと守ってたの?お前」 「当たり前ですよ〜!あ、もしや真山さん守ってなかったんですか?」 「失礼だね。ボク学生時代は優等生だったんだよ?知らないの?」 「・・・本当ですかぁ?」 「何?その疑い口調」 「だって・・・」 「本当だよ?まあ、適度に息抜きはしてたけどね」 「息抜き?」 「色々と、ね」 意味ありげに真山がにっと笑う。 柴田はそんな真山の顔をじっと見ている。 「・・・何だよ。なんか付いてる?俺の顔」 「いえ・・・ちょっとだけ、考えてしまいまして」 「何を?」 そう聞かれて、柴田はえへへとだらしなく笑った。
「もし、・・・もしもですよ?真山さんと私が同じ年齢で、同じ高校だったりしたらどんなだったかなーって思ってみたりして・・・」
嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに柴田はそう言ってうっとりと目を閉じた。 この、馬鹿馬鹿しくも実に柴田らしい考えにどうツッコんでやったらいいか判らず、真山は少し呆然とした。 その間にも柴田の暴走は続く。 「席替えとかで隣になっちゃったりして・・・やだどうしよう。緊張しちゃいますよね〜」 「今、思いっきり真正面の席だけどね」 「制服でデートっていいですよね〜。私、やったことないんで憧れなんです」 「うわー、やったこと無いの?寂しい青春時代だね」 「・・・真山さんはあるんですか?」 「もちろん。お前、何やってたの?高校時代」 「勉強です」 「他には?」 「・・・読書とか?」 「つまんねー」 「ほっといてください」 少しだけ、気まずい雰囲気が流れたが、それを断ち切るように柴田が真山に訊いた。 「真山さんは、どうしたと思いますか?」 「んー?」 「私と同級生だったら」 「・・・変わんないんじゃない。今と」 「どういう風にですか?」 「今と同じでお前のみつあみを『しめ縄』って言ったと思うよ?」 「もー、真山さんって全然ロマンチックじゃないですね〜」 「何だよ、悪い?」 「嘘でもいいから、制服姿の可憐な私に夢中になってるとか言って欲しかったです〜」 「それのどこがロマンチックなの?」 「ロマンチックじゃないですかー。いつどこで出逢っても恋人達になるってことですよ?」
柴田は自分の言っている事に酔っているらしく、また何処かの世界に行っている。 真山はそんな柴田に呆れた様子で、頭をぱしんと叩いた。 「馬鹿なことばっかり言ってないで行くよ?もうすぐなんでしょ?現場」 「・・・誤魔化さないで下さい」 柴田が少し恨めしそうに真山を見た。 「誤魔化してないでしょ?別に」 「えー?だって・・・」 納得していなさそうな柴田に、もう一度真山がため息をついた。
「・・・言ったでしょ?ちゃんと」 「え?」 「お前の言う『ロマンチック』なこと」 「え?え?」
混乱した様子の柴田に真山が繰り返し、言った。
「『変わんないじゃない?今と』」
「・・・あ・・・」 「わかんなかったの?頭いいくせに」 「・・・はい」 柴田はなんとかそう答えた。顔は既に真っ赤になっている。 「照れないでくれる?俺の方が恥ずかしいから」 「すみません・・・」 「お前の方がロマンチックじゃないよね」 呆れながら、真山はそう言った。 何も言い返せない柴田だったが、嫌な気分じゃなかった。
さっき、目をつぶって思い描いた高校生の真山と自分の幸せそうな姿を真山にも見せてあげたいと思ったけれど、 案外、真山の方だってそういう風景を思い描いているのではないだろうか。 柴田はそう考えたけれど、口に出すのが怖いのでやめておいた。
「・・・真山君」 「は?」 「同級生だったら、そう呼んでたんですねー」 柴田が嬉しそうに笑う。 「じゃあ、『しめ縄』」 「え?」 「あだ名ね、お前の」 真山もウヒヒと笑顔になった。 「ヘンなあだ名つけないで下さいよ〜」 「もうちょっとひねりが欲しいよね」 「・・・やっぱり真山さん、ロマンチックじゃない〜」
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