42:ガム 

 

 

 

いつもの弐係。

そこにいるのはいつもの面々・・・と思いきや、今日は弐係長である女の姿が見えない。

お守り役であるはずの男の姿は見えるのに。

 

時間は午後3時。

遅刻にしては遅すぎる気がする。

・・・彼女にとってはありえない時間でもないような気がするが。

 

「なぁ、真山さん。今日柴田見ぃひんやん。どうしたん?」

彩が、この時間になってようやくその事実に気づくと、お守り役である男に聞いた。

「俺に聞くなよ」

真山は不機嫌そうに、貧乏ゆすりをしている。

「だぁ〜って、なぁ?」

はそれまでじっくりと読んでいた雑誌を閉じて、ニヤニヤと真山を見た。

「なぁってなんだよ?」

ますます不機嫌な顔になる真山に怯まず、彩は憎たらしい笑みを続けた。

「昨日もお泊りやったんとちゃうの?」

「・・・うるせぇよ」

「あ、図星やろ?・・・な〜んか柴田、そわそわしとったの、彩さんにはお見通しやで〜」

「暇人だね、お前も」

「やっぱり、そう?昨日はいつものようにあっつ〜い夜を過ごしたん?

年下女相手に、毎晩毎晩・・・やらしいな〜、アンタ。腰立たへんようになんで?」

「余計なお世話だよ!お前みたいに、いつも欲求不満な女に言われたくないね。

あ、肌荒れ。20歳過ぎたらニキビって言わないんだよ?知ってた?」

 

「余計なお世話!・・・なんや真山さん、今日カリカリしとんなぁ。柴田がおらんから?」

真山は彩の問いかけに答えずに、ポケットからガムを取り出し、口に入れた。

「・・・あれ?真山さん。珍しいやん。ガム食ってんの?キシリッシュ?」

「関係ないでしょ?・・・口寂しいんだよ」

「何?柴田おらんから?ちゅーできひんの、つらいの?」

彩が嬉しそうにウヒヒと笑う。

「しつこいよ、お前」

真山はうんざりといった表情で彩をしっしっと追い払う身振りをした。

 

「口寂しかったら、煙草吸うたらええやん。買い置きあらへんの?」

「・・・家に置いてきた」

「アタシの分けたろか?一本50円。今なら特価やで?」

「高いよ。それにお前、メンソールだろ?俺やなんだよねー。スースーするの」

「贅沢やなぁ。なんでもええやん。ヤニ切れへんの?」

「切れてるよ。だからガム馬鹿みてぇに食ってるんでしょ?」

「なるほどな。・・・何?禁煙でもすんの?」

「・・・・・・」

真山はイライラしたように指でとんとんと机を叩く。

 

彩は、真山がよくわからなくて首を捻った。

よく、柴田はこんなんと一緒におれるなーと、ここにはいない女を少し尊敬する。

 

そのときであった。

「ポーン」と、エレベーター到着の音が弐係に響いた。

彩が後ろを振り向くと、そこには柴田の姿があった。

「柴田!あんた、どないしたの?もう、おやつの時間やで?」

彩が嬉しそうに柴田をからかうと、真山がぴくりと片眉を上げて、驚いたように柴田の方を見た。

 

「真山さ〜ん」

彩の掛け声を気にする様子もなく、柴田がぱたぱたと走り始めた。

途端に、金太郎が散らかした調書の一冊に鈍い柴田はつまずいてしまった。

「あっ!」

彩が駆け寄るよりも遥に早く、黒い影がつまずきかけた柴田を支えた。

それは、彩よりも柴田から遠いはずの真山であった。

 

真山は、柴田を抱えると、優しく地面に立たせた。

「すみません・・・」

柴田が少し呆然とした様子で真山を見上げた。

「で?」

真山が柴田に訊いた。

「はい?」

柴田はぽかんとした表情で真山に聞き返した。

「行ったんでしょ?結果は?」

「・・・ああ、はい。行ってきました」

「で?どうだったのかって聞いてんの」

「はい・・・あの、ですね・・・」

柴田が急にモジモジし始めた。

「早く言えよ」

真山がイライラしたように促す。

 

「私の・・・カン違いでした」

えへっと、柴田が一昔前のアイドル風に頭を掻いた。

その瞬間、真山がへにゃ〜っと倒れこんだ。

「あ、怒っちゃいました?真山さん・・・」

柴田がおそるおそる真山の顔を覗き込む。

真山は気が抜けたような顔をしてた。

「びっくりさせんなよ、馬鹿!」

真山は、柴田にヘッドロックをかける。

「きゃ〜!!すみません〜!!!」

ぐりぐりと、柴田の頭をかき回すと真山はすぐに手を離した。

そして、ぼさぼさの柴田の髪の毛を適当に直すと、ぽんぽんと柴田の頭を叩いた。

「謝ることじゃないでしょ?」

「だって・・・ご心配かけましたし・・・」

「俺にも心当たりがあったから、おあいこ。ね?」

「まぁ、それは・・・」

「で?原因は?」

「栄養失調、だそうで・・・」

それを聞いて、真山は思いっきり柴田の頭を叩いた。

「いった〜い!!」

「馬鹿!だからいつも言ってんでしょ?馬鹿!」

「だってぇ〜」

柴田はなみだ目で真山を見たが、真山に睨まれ首を竦める。

 

コツコツと、真山はエレベーターに向かった。

「ど、どこに行くんですか?」

「ヤニ切れ」

それだけ言うと、真山はエレベーターに乗り込んでしまった。

 

 

「しーばた」

背後から、彩の声がして柴田は慌てて振り返った。

「あ、彩さん〜。おはようございます」

「だから、もう昼やって・・・それより」

「はい?」

「あんたらに何があったか当ててやろうか?」

彩は嬉しそうにニヤニヤと笑っている。

「え?・・・彩さん、わかるんですか?」

「あったり前やん。え〜、アンタは生理が遅れていた」

「そうです!」

「で、今日産婦人科に行ってきた」

「あたりです!!」

「でも、妊娠してへんかった」

「そのとおりです!!彩さんすっご〜い」

「まぁな・・・アタシだって、本気出せばこのくらい・・・」

「さすが彩さん!今度ご一緒に捜査に行きましょうね!!」

「・・・ええけど、真山さんがかわいそうやん」

 

そう言って、彩は真山の机の上の灰皿を柴田に渡す。

「?なんですか?これ」

「灰皿。見たらわかるやん」

「灰皿というより、ガムの包み紙ばかりですけど・・・」

「真山さんのやで」

「え?」

「真山さん、アンタが妊娠しとったら禁煙せなアカンって思って今日一日煙草我慢しっとったみたいやで?」

「・・・そういえば、昨夜も煙草吸ってなかったです・・・真山さん」

「な?」

彩がにやりと笑った。

柴田は、これ以上ないくらいに顔を赤らめていた。

 

 

後日、真山がこっそり買った「たまごクラブ」が彩の手により発見され、

弐係で殺人未遂事件が起こるのはまた別の話である。