35:森の中
「あーあー、三百万が・・・」 「馬鹿、諦めんな!俺は、絶対見つけるからな」 「わー、頑張って下さいね〜。野々村係長のために」 「・・・は?」 「真山さん?」 「誰が人に分けるって言った?」 「え?だって・・・」 「見つけた人がもらえるんでしょ?三百万」 「そうですけど・・・」 「じゃあ、俺が見つけたら俺がもらえんじゃん。なんで分けなきゃいけないの?」 「そう来ますか」 「当たり前でしょ?」 「・・・ちなみに、情報提供者の私に分け前なんて・・・」 「あると思う?」 「ですよね・・・」
離島とはいえ、都内だというのにすこし汗ばむような気候の森の中を真山と柴田は歩いていた。 ここにきたのは、仕事のためだった。 しかし、死体が消え、舟が消えてしまった今となっては、仕事どころではない。 今は、この島からの脱出方法を探しに来ている途中なのだった。 しかし、柴田が幻の珍獣・ツチノコを見つけてしまい、その上彼女に生まれつき備わっている方向音痴のせいで、森の深いところに来てしまった。
「真山さん、一つ聞いていいですか?」 柴田は自分の前をすたすたと歩く真山に声を掛けた。 「あ?」 真山はこちらを振り向かずに面倒臭そうに答えた。 「三百万あったら、どうしますか?」 「え?」 真山がしかめ面のまま、振り向いた。 「さんびゃくまん」 柴田がゆっくりと繰り返すと、真山は歩くのを止めてすこし考える。 「・・・そんなもん、もらってから考えるよ」 すぐに考えるのを放棄し、真山はそう言った。 「辞めませんよね?」 「何を?」 「仕事」 「なんで?」 「だって・・・まとまったお金があったら仕事辞めて、どこか行っちゃいそうなんですもん。真山さんって」 柴田は、少し寂しそうな目で真山を見た。 「お前ね、たった三百万ごときでどれだけ生きてけるか知ってんの?」 「え?」 「たったそれだけのために、公務員はやめられないでしょ。ね?」 「なるほど・・・」 説得力のあるようなないような真山の言葉に、柴田は頷いた。
「・・・なんだ、よかった」 小さな声で柴田は呟いた。 「ん?なんか言ったか?」 「いえ、こっちの話です」
「お前は?どーすんの?三百万」 「え?下さるんですか?」 「誰が自分より給料もらってるやつに金渡すんだよ。もしもの話」 「ああ・・・もしもですか・・・」 「そ。もしも今ぽーんと三百万貰ったらどうする?お前」 目の前の草を足と手で掻き分けながら、真山は柴田の方を見ないでついでのように聞いた。 「そうですねー、野々村係長に・・・」 「却下。そうじゃなくって、ないの?お前が欲しいもんとかさ」 「欲しいもの・・・ですか?」 「そ。予算三百万以内で」 ざくざくと道を開きながら歩く真山の後を、ちょこちょこと付いていきながら柴田はしばらく考え込んだ。 「・・・やっぱり、『旦那様』かなぁ・・・」 柴田は散々考え込んだあげく、飛び切り間抜けな答えを言った。 「は?時価三百万なの?安いねー、お前のダンナ」 「お寿司屋さんみたいに言わないで下さいよ〜」 「お前が言ったんじゃん。三百万のダンナが欲しいって」 「別にだんな様を三百万で買おうとは言ってないじゃないですかー」 「そうなの?」 「はい。例えば、結婚資金とかに貯金するんですよー」 えへへと何故か恥らいながら柴田が答えた。 「いつ来るかわかんねえダンナサマのために貯金ねえ・・・」 「ダメですか?」 「別にダメじゃないけどさ・・・他になんかないの?つまんねーよお前」 「えー?他にですか?」 「そ。あるじゃん、いろいろ。ブランドだの、宝石だの・・・一応君、女だよね?」 「うーん・・・よくわからないんですよね。そういうのって」 「・・・ま、お前はそうだろうねー」 「そんな風に見えますか?」 「まあね」 「実は、そんなこともないんですけどね」 「は?ブランドだの宝石だのに興味あるヤツはそんな汚い格好をしないと思うけど?」 「ひっどーい。汚くないですよー?ちゃんと昨夜石鹸で洗ったじゃないですかー」 「・・・着たままね」 「あ、真山さん私の入浴シーン反芻してますね!いやらしい!!」 「何だよ!どこがやらしいんだよ!!服着てたじゃん、お前」 「あー!開き直りましたね?」 「お前ね、あんなの入浴シーンって言わないよ?由美かおるに謝れ!」 「ゆ・・・誰ですか?それ」 「もういい・・・お前と話してると俺が馬鹿みたいじゃん」 「・・・あ、もしかして」 「何?」 「見たかったんですか?」 「は?」 「私のセクシーショット、見たかったんですか?真山さん」 「は!?」 「やだ、私・・・狙われてた!?」 「何だよ!?その誤解!!訴えるよ?三百万で裁判起こすよ?」 「危なかった・・・これからは自分の身は自分で守らないと・・・デンジャラス!!」 「死ぬ?ねえ、ここで死んでみる?」 「・・・あ!もしかして・・・ここから一生出れなかったら否応なしに私真山さんに手篭めにされるんですかね?」 「手篭めって・・・お前ね・・・」 「そんなー!助けて、旦那様ー!!ああー!!」 ぺしっ 「うるさいよ!!心配しなくてもね、どんなに女に不自由してもお前になんか手ぇださねえよ!!」 「いったーい!!・・・叩く事ないじゃないですかー!!」 「畜生、なんとしてもここの森出てやる!!抜け出して、すっげー綺麗な女と結婚してやる!!」 「頑張って下さいねー」 「うるさいよ!!」
ぷいと怒った真山は真っ直ぐ前を向いて、ずんずんと歩いていく。 どこまでいっても、景色の変わらない深い森。 吸い込まれそうな深い、深い森。
柴田はふと立ち止まった。 緑を見上げてみる。 迫ってくる感じがした。 飲み込まれてしまう。 森に。島に。 そうじゃない、死者の国に。 死者に会えるという、黄泉の国に。
「・・・柴田?」 声がした。 どこか懐かしい声。 ・・・誰? 私を呼んでるの? 麻衣子?お父さん?
「おい、柴田!!」 目を開けると、真山がいた。 「ああ、なんだ・・・真山さんか」 「なんだじゃないよ。俺以外にいないでしょ?ここ」 真山の手が、柴田の肩を掴んだ。 生きている人間の温かさ。 「・・・はい」 柴田はなんとか返事をした。 記憶に攫われそうになってしまう。 様子のおかしい柴田に、真山は軽く笑った。 「空気ばっかり吸ってるからだよ」 言い方こそ馬鹿にしている口調だったが、声も顔も心配そうだ。
大丈夫。 柴田は静かに深呼吸をした。 真山さんが傍にいてくれる限り、大丈夫。 逢いたいけれど、すごく逢いたいけれど。 それでも、真山さんに心配はかけたくない。今は。
「・・・どっかでちょっと休憩するか」 真山があたりを見回しながら言って、柴田は無言で頷いた。
柴田の頭の中では、昔見たある風景が広がっていた。 「死者ニ会イタケレバ黄泉ノ国二繋ガッテイルト言ウ厄神島ニ行クトイイ」 呪文のようなその言葉。 ずっと忘れていた。忘れなければ、迷わずここに来てしまうであろうから。
真山さんはどう言うだろう? そんなのは夢だと馬鹿にするんだろうか? それとも、すぐに逢いに行こうとするんだろうか? 彼の、一番大切な人に。
伝えなければいけない気がした。この島は、その人に逢える可能性があるという事を。 きっと、私と同じ気持ちでいるであろう、彼に。
焚き火が焚かれる。 送り火のような、迎え火のような。
「・・・真山さん、この島が黄泉の国に繋がってるって言う噂、聞いたことありますか?」
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