32:水 

 

 

 

 

いつもの、平穏な弐係。

柴田は捜査資料を読みふけってるし、真山は新聞を読んでいる。

近藤は、パソコンに向かって資料の整理をしていて、金太郎はソファでぐうぐうといびきを立てて寝ていた。

 

突然部屋に入ってきた彩によって平穏が破られるのも、いつものことだった。

 

煙草を買いに階上に行っていた彩は、ペットボトルを大事そうに抱えて駆け足で戻ってきた。

「柴田、柴田、なぁ、これ知ってる?」

彩が目をきらきら光らせて、柴田を捕まえた。

「えっと・・・お水、ですか?」

柴田は、捜査資料から名残惜しそうに顔を上げた。

「ただの水と違うの。これ実は『やせる水』って今評判のお水なんやで」

「えっ!?お水でやせられるんですか?」

途端に、柴田の目まで輝く。

「高いねんでー。さっきな、交通課の友達に安うゆずって貰ってん」

自慢気に彩が言った。

「ええ〜!?いいなぁ・・・」

「苦労したんやで?えーやろー?」

「・・・彩さん、一口・・・」

「だーめ。高いんやから。・・・ってかアンタ、やせたいん?」

彩がじろじろと柴田を上から下まで見た。

「やせたいですよー。おなかとか、足とかー」

「・・・そうなん?真山さん」

「・・・俺に聞くなよ」

真山が新聞から目を離さずに言った。

 

「アンタはもうちょっと太ったほうがかわいいと思うけどな〜」

「え〜?そうですか?二の腕とか、すごいんですけどね〜?」

柴田は自分の二の腕をぷにぷにと掴んでいる。

「何や?アンタ着太りするタイプかいな」

「どうなんですかねー。自分じゃよくわかんないですけど・・・」

「なあ、どうなん?真山さん」

「・・・だから、俺に聞くなって」

真山がうんざりしたように顔を上げた。

「だーって、アンタしかおらんやん」

ニヤニヤする彩に、柴田は不思議そうに尋ねる。

「・・・何がですか?」

「柴田のハダカ見てるのが」

彩のその一言に、柴田は真っ赤になる。

「彩さん!!」

真山は眉間の皺を深くして、近藤は居心地悪そうに小さく咳をした。

「別に、アタシ間違った事なんて言うてへんもーん」

全く悪びれない彩に柴田も言葉を返せない。

 

彩は自分の席に大事な水を置いて、椅子に座った。

「まあ、この水でアタシもスリムビューティーや!あー、参ったなー・・・またモテるんかー」

「うわ。自信過剰ォー。やせたくらいで男が相手にしてくれるといいけどね」

真山が再び新聞に目を落としながら、独り言のように嫌味を言う。

「むっかつくわぁ・・・シバタ、アンタもやっぱりこの水飲みぃ」

「え?いいんですか?」

「ええって。この水飲んでスリムビューティーになって、こんなおっさん捨てえや」

「おっさんって誰だよ」

「アンタ以外に誰がおんねん?」

「え?真山さんって、おっさんなんですか?」

「・・・」

「いたっ・・・何で叩くんですかぁー?」

「・・・木戸、笑ってんじゃないよ」

「腹痛いわ〜」

「・・・ちっ」

真山は不機嫌そうに新聞に視線を落とした。

 

勝ち誇った笑顔で彩は柴田に話しかける。

「な?あんなおっさんポイっと捨ててまえ。アンタならもっとええ男見つかるって」

「はぁ・・・」

柴田は生返事をして、それとなく真山の方を見る。

「・・・何だよ」

真山が新聞から顔を上げずに柴田に返事をする。

「・・・いえ・・・」

そう言ってうつむいてしまって、なんだかはっきりしない柴田の態度に、真山ではなく何故か彩がイライラした。

「あーもうなんやねん!!イライラするわー」

その迫力に、柴田は思わず後ずさって答えた。

「あのですね・・・先日、真山さんに『これ以上やせるな』って言われたの思い出しまして・・・」

「はぁ!?何でそんなこと言うん?真山さん」

彩が真山を睨みつける。

「別にお前には関係ないじゃん」

真山はまだ、新聞から目を離さない。

「あ?わかった。柴田がこれ以上綺麗になって他の男に取られんのが嫌なんやろー?」

「何で俺がそんな心配しなきゃなんないの?」

「あー、はいはい。自信過剰なんやなぁ・・・おっさんの癖に」

二人の間に流れた険悪な雰囲気に柴田が溜まらず口を出した。

「彩さん、真山さん。お二人とも喧嘩はよくないですよ〜」

「・・・アタシはただ、あんたのためを思ってなぁ・・・」

「え?私のためですか?」

「それが余計だって言ってんの」

「なんやねん、亭主気取りで」

「あ、彩さん・・・」

「別に気取ってなんてないじゃん」

「ま、真山さん・・・」

「気取っとるっちゅーねん。『太んな』とか、そんなん柴田の勝手とちゃうの!?」

「別に強制させてねえよ。なあ、柴田?」

「あ、はい」

「アンタだまっとき」

「は、はい・・・」

いつの間にか、真山は新聞から顔を上げていて、デスクを挟んで彩とにらみ合っていた。

「痩せて綺麗になるのがそんなに気に食わんの?ちっちゃい人間やなー」

「柴田が綺麗になろうが何しようが関係ないって言ってるでしょ?」

「じゃあなんでそんな事言うんよ!?」

「だから、木戸には関係ないって」

「なんや、『二人の秘密』ってか?カンジ悪〜」

 

真山が小さくため息をついた。

彩はその反応がやっぱり気に食わなくてまだまだ戦闘体制だ。

柴田は二人の間でただおろおろとするだけだった。

 

「・・・悪いんだよ」

真山が新聞をめくりながら呟いた。

「は!?聞こえへんねんけど」

 

「これ以上やせると抱き心地が悪いんだよ」

 

「・・・・・・・」

「真山さん!!」

「ゴホッ!」

「・・・んがっ」

 

「痛いんだよ。コイツやせてく一方だから、肋骨とか骨盤とかさぁ。なんでだろうね?胸だけは大きくなる一方のくせにな」

 

「な・・・なんてこと言うんですか〜!!」

「だって木戸が言えって」

「・・・そこまで言えって言うてへんけどな・・・」

「あ、遠山君が鼻血を・・・」

「きゃ〜!!大丈夫ですか?銀太郎さん〜?」

「惜しい・・・『銀』やのうて『金』や東大ちゃん・・・」

「大丈夫ですか?医務室に・・・」

「近藤さん、お願いします。・・・もー、真山さんが変なこと言うからですよ〜?」

「木戸に言ってよ、木戸に」

「・・・もうええわ・・・あんたら勝手にし・・・」

「あれ?彩さんまでどちらに?」

「アタシもう帰るわ・・・あほらし。水でもがぼがぼ飲んで、せいぜい頑張るわ〜」

「え?彩さん?定時まだですよ〜?あやさ〜ん?」