30:百舌鳥
「柴田、それなんて読むの?」 調書を真剣に読んでいる柴田に、真山が尋ねた。 その事件の題名は「百舌鳥愛好家連続殺人事件」。 柴田の読む調書に、真山が興味を示すのは非常に珍しいことである。 柴田は、驚いて真山の顔を少し見つめた。 「真山さん…何か悪いものでも…」 本気で心配している様子の柴田に、真山はむかついて、さっき切った自分の爪を柴田に投げつけた。 「ちょ、ちょっとやめて下さいよ〜。せっかく心配してるのに〜〜」 「うるせえよ。お前に心配されたくないの!それなんて読むかとっとと言えよ!」 真山のいらつきとともに、その攻撃は緩まない。 柴田はブツブツと文句を言いながら、改めて調書を見直す。 「え〜っとですね、これは…」 「何?真山さん、こんな字も読めへんの?」 その時、急に横から口を出したのは彩だった。 「…ってことはお前読めんの?」 「あったりまえやん。大阪の地名であるもん。なあ、金太郎?」 「ああ、ありますなぁ。ま、でもこれくらいジョージキやないですか。あーっはっは」 金太郎が勝ち誇ったように高笑いをする。 「お前らさぁ、殺すよ?」 真山が優しそうな笑顔でポツリと呟いた。 空気が一瞬にして緊迫する。 「これだけボクを散々馬鹿にしておいて、誰か一人でも間違っててみな? 明日の朝日は見れないと思ったほうがいいかもね?」 真山の笑みは満面であったが、それがさらに得体の知れない恐さをかもし出していた。
「え、えっとじゃあ、インチキなしで一斉にみんなで言おうや」 彩が冷や汗をかきながら提案した。 「そうですね〜」 「そ、そうですな」 柴田がのんびりと、金太郎がやや冷や汗を掻きつつ同意する。 「せーの…」
「「「もず!!」」」 三人の声が一致した。 「チッ」という真山の舌打ちと、死人が出なかったことへの安堵感が弐係を満たした。
「『もず』?これで『もず』な訳?変じゃん。だって三つの漢字に読み仮名二つって変じゃない?ねえ?」 真山が憮然と柴田に聞き返す。 「どうしてこの漢字で『もず』って読むかというのは、色々な鳥の鳴きまねが出来るから、だそうですよ」 「ふぅん。納得いかね〜」 真山はつまらなそうに頭を掻いた。 「当て字ですから。多少の無理はしょうがないんじゃないですかね〜」 「当て字、ねぇ…」 真山がポケットから煙草を取り出し、咥える。
「じゃあさ、お前の当て字作るとしたらこんなだな」 真山は嬉しそうに身を乗り出し、調書に『頭臭女』と書いた。 「これで、『しばた』って読む。上手いね〜、俺」 「もう!何ですか〜、これ…失礼なこと言わないで下さい!!」 柴田が、怒ったように顔を上げると、真山が頭を掴んで、臭いをかいだ。 「うわっ!!シャレになんねー。臭いよ?お前、いつシャンプーしたの?」 「えーっと、昨日はちょっと…」 「昨日今日どころの騒ぎじゃないじゃん!!げっほ」 よほど臭かったらしく、真山は本気でむせている。
「じゃあ、金太郎はこうやな」 彩が調書の上に『京大童貞』と書いた。 「お、いいなそれ」 真山が嬉しそうに目を細める。 「ああ、金太郎さん童貞だったんですね。すっかり忘れてました〜」 柴田ののんきな一言が、彩の悪ふざけ以上に金太郎の胸をえぐる。 「うう…いけずやわ、東大ちゃん…」 ちょっとひどいと金太郎がちょっと泣いた。
「近藤さんは…『眼鏡小市民』とか?」 彩が急に黙って仕事をしていた近藤に話しかける。 「『小市民』ですか?」 近藤も聞き耳を立てていたらしく、すぐに返事を返した。 「『舞踊小市民』とかでもいいかもな」 真山が、隣の近藤を見ながら満足そうに言った。 「どっちにしても…小市民なんですね…」 「『小男』でもええけど、なんかイマイチインパクトないと嫌やろ?」 「インパクトとかの問題でもないと思うんですけど…」 「ああ?文句あるんかい?ないよな?近藤さん」 彩が飛び切りの笑顔で近藤を真っ直ぐ見る。 近藤は青い顔をしてこくこくと頷いた。 以前、このような顔をした彩によっぽど酷い事をされたのだろう。 「なんだか中国語っぽくなってきましたねぇ〜」
「あとは…野々村のオッサンか」 彩が野々村のデスクを見ると、何故か野々村はおびえたように、柿ピーの瓶で顔を隠した。 「係長といえば、やはり柿ピーですよね〜」 「あと、ロリコン?」 柴田と真山は絶妙な間で意見を述べる。 「そうやな〜。じゃあ『柿比伊呂利近』か?」 彩がさらさらと漢字を書いた。 「姐さん!昔のクセ出てまっせ?『夜露死苦』みたいになってますわ〜」 慌てて金太郎が突っ込みをいれる。 「あ、ほんまや。ついな、つい・・・」
「彩さんは、どんな当て字になるんですかね〜?」 柴田が尋ねる。 「ん?それはぁ、あれや。『ナントカ美人』とか、『ナントカ小町』の類になるやろうなー。どうしても」 彩が何故かテレながら答える。 「じゃあ、俺が決めてやるよ。『元不良女』でどう?」 真山がにやりと笑った。 「何やて?わしのどこが元ヤンやねん!!」 「そーいうとこ。俺みたいな一般市民にガンつけないでくれる?恐いから」 「真山さんのどこが一般市民やねん・・・」 「あ!ではこういうのはいかがでしょう」 柴田が張り切って書き出す。 「『男性狩人』。どうですか?」 「アンタなぁ・・・」 「お気に召しません?・・・では『合コン女王』なども・・・」 「漢字じゃないじゃん」 真山が突っ込む。 「ああ、そういえば・・・合コンの『コン』って、どんな漢字書くんですかねぇ?」 「もうええわ・・・アタシって、まだまだやってんなぁ・・・」 「あやさ〜ん?・・・・なんか私、悪い事言ってしまったんでしょうか・・・」 「日ごろの行いについて反省でもしてるんだろ?気にすんな」
「そういえば、真山さんがまだでしたね〜」 「ん?そういえば・・・俺だとあれかな〜?『最後侍』とか、『一匹狼』とか?いやー、悪いね、みんな」 「は?真山さんが侍?狼?・・・そりゃないわ」 いつの間にか復活していた彩が、ここぞとばかりに攻撃する。 「なぁ、柴田。アンタならどうする?真山さんの当て字」 「え?私・・・ですか?」 「そうや。アンタが一番真山さんと一緒におるんやろ?言うてみいよ」 「真山さんの当て字・・・そうですねぇ・・・」 柴田は、真山をじっと見つめた。 「な、何だよ・・・」 「真山さ〜ん、あれやないの?旦那様(はあと)とか言い出すんじゃないの?柴田」 「は?なんで?ちょ・・・柴田やめろよ。こっち見ないで!やめてぇ!!」 まだじっと見つめる柴田。 「・・・わかりました。では・・・」
柴田が書いたのは・・・『十円禿』
「『じゅうえんはげ』・・・って、真山さん、アンタ・・・」 「!!」 真山が自分の頭を掌で隠す。 「だって、真山さんといえば『はげ』じゃないですか〜」 柴田は嬉しそうにニコニコと笑顔を見せる。 「真山さん・・・」 「真山さん・・・」 みんなが口々に真山の名を出すが、その後の言葉が続かない。 「どうされたんですか?皆さん・・・」
「し〜ば〜た〜」 柴田の背後で、真山の声が響く。 柴田が後ろを振り向くと、今までに見たことのない優しい顔の真山が立っていた。 「真山さん、お気に召していただけました?」 その笑顔につられるように、柴田も満面の笑みで答える。
「柴田君、ちょっと来てくれるカナ?」 「はい。なんでしょう?」 「いいから、何も言わないでついてきてよ、ね?」 「真山さん…なんかちょっとこわ・・・」 「いいから来い!柴田ぁ!!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「あーあ。東大ちゃん、無事に帰ってこれるとええですね」 「そうやね。真山さんがあのレベルまで行くと、アタシでも耐えれるかどうか・・・」 「とりあえず、真山さんの当て字は『狂犬』、ということで」 「・・・やな」
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