29:変態

 

 

 

 

「あの〜、真山さん・・・私ちょっと調べてみたい事があるんですけど・・・」

いつもの柴田の一言に、一通りの抵抗もむなしく真山はやっぱり現場に目撃者派の聞き込みにと連れまわされる羽目になった。

 

「っていうかさ、何でいっつも俺なわけ?」

「いっつも」の所に物凄く感情を込めて真山が嫌そうに言った。

「・・・独身だからじゃないですか?どなたも養っていらっしゃいませんよね?」

柴田は、現場をあちこち見ながら、ついでのような口調で言った。

「・・・他にもいるじゃん。京大とか木戸とかさぁ?むしろ近藤さんだけじゃん。妻子持ち」

「あー、そうですねぇ・・・どうしてでしょう?」

「こっちが聞いてんの!こっちが。ね?」

 

「彩さんと女二人だと、刑事とは言え無用心だからでしょうか?」

「木戸がいてどこが無用心なワケ?」

「金太郎さんとだと経験不足だからでしょうか?」

「経験とか言う前に色々足りないもんあるけどね?」

真山は面白くなさそうに眉間に皺を寄せて、取り出した煙草を一本咥えた。

 

柴田は気にも留めてない様子で、鞄の中からメジャーを取り出す。

そして、くるりと真山の方を振り返って尋ねた。

「真山さん、南西って・・・」

「こっち・・・あれ?どうしたの?コンパス」

「あるんですけど・・・真山さんに聞いた方が早いかなーって」

「・・・俺はコンパスの代わりかよ」

「すみません・・・つい、出来心で・・・」

「・・・・・」

真山は柴田の言葉に答えず、黙って煙草を吸った。

 

柴田はその沈黙に少し引っかかりを感じて、捜査を中断し、とてとてと真山の元に歩いていった。

「・・・真山さーん?」

真山の顔を覗き込んで、柴田が真山に呼びかける。

じっと見つめてくる柴田を真山は少しだけ睨むように見た。

「・・・あのさぁ」

「はい?」

「独身で、女じゃなくって、ある程度捜査の経験があって、方角がわかれば俺じゃなくてもいいんでしょ?」

「・・・え?」

真山の突然の問いかけに、柴田は答えを返せなかった。

長くなった煙草の灰を、真山は道路に落す。

 

「・・・真山さん」

柴田が少し考えて、ようやく口を開いた。

「ん?」

「もしかして・・・拗ねてるんですか?」

「・・・は?」

「私が真山さんじゃなきゃダメって言わなかったから、拗ねてるんじゃないんですか?」

柴田の出した突拍子もない答えに、真山の眉間の皺が深さを増す。

「何言ってんの?」

「あ、照れてます?」

 

嬉しそうににやにやする柴田に、真山はこの上なくムカついた。

ただ、いつも自分だけを捜査に連れまわすなと言ってやりたかっただけなのに。

ね、ムカツクんですけど?柴田さん。

「・・・柴田」

「はい?」

「死ね!いっぺん死んで来い!!」

真山はそう言い放つと、まだ火のついている煙草を投げた。

「きゃっ!!何するんですかぁ〜!?」

柴田が鈍い反応ながらも大袈裟に避ける。

もちろん、さすがの真山も柴田に当たらないように投げたのだが。

小さな放物線を描いた煙草は、柴田の右隣にぽとりと落ちる。

「もー、真山さん。吸殻は、人に投げるものじゃなくって、ちゃんと灰皿に捨ててください」

柴田はブツブツ言いながらも、その吸殻を拾い上げた。

「・・・あれ?」

その吸殻を見て、柴田の手と視線が止まる。

「何だよ?」

真山がふてくされたまま、柴田に訊いた。

吸殻を目の前にかざし、じっくりと観察した後、柴田が呟くように言った。

「真山さん、煙草替えたんですか?」

「は?・・・ああ、そう言えば・・・」

真山はポケットの中から煙草を箱ごと取り出した。

いつものなじみの赤い箱ではなく、青いパッケージの煙草。

「やっぱり。・・・何かあったんですか?」

「ん?ただの気分転換」

「そういうものなんですか・・・」

柴田はまだ真山の捨てた吸殻をじろじろと観察してる。

 

「よくわかったね。お前」

真山が少し感心したように呟くと、柴田がニコリと笑って答えた。

「わかりますよー。真山さん私の前で一日何本吸ってると思ってるんですかー?」

それもそうかと真山は一人頷いた。

真山はもう一本吸おうと、そのいつもと違う煙草を取り出した。

そして、一言柴田に言ってやった。

「ね、お前さ、俺の煙草を知ってるって事は、俺の追っかけ?ストーカー?」

「え?」

きょとんとする柴田に、真山はなおも攻撃をする。

「あれじゃねえの?捜査一緒に行く振りして俺を観察?情報ゲット?・・・で、真山さんのことは何でも知ってます、みたいな?

うわー、変態じゃん。お前」

「ちょっと・・・何言い出すんですか?やめて下さいよー」

「うわ、赤くなった。当たった?マジでストーカー?変態?」

「ストーカーでも変態でもありませんよー!!やめてくださいってばー」

「慌てんなよ。余計怪しいよ?」

「だって・・・真山さんがヘンな事いうからぁー」

「何?何で泣きそうになってんの?」

「だって・・・こんなこと誰かに聞かれて誤解でもされたら、お嫁にいけなくなっちゃうじゃないですかぁー」

「あー、まずいよね?奥様が元ストーカーの変態って言うのは」

「だから、そういうことを言わないで下さいってばー」

「だって、そうなんでしょ?」

「違いますー!!」

 

顔を真っ赤にして、涙目で抗議する柴田の姿を見て、真山はうひひひと楽しそうに笑った。

「もう、いいです!」

柴田はそう言って捜査に戻ろうと、くるりと真山に背を向けた。

その時、珍しく洗ってある柴田の髪の香りが真山の鼻腔に届いた。

「・・・あ」

真山の声に、柴田がもう一度振り向いた。

「どうかしましたか?」

「・・・いや」

真山は苦々しく笑うと、ばつが悪そうにうつむいて煙草に火をつけた。

柴田は軽く首をかしげて、捜査に頭を切り替える。

 

 

一生懸命捜査をする柴田の姿を遠くで見ながら、真山はぼんやりと煙草を咥えていた。

 

煙草を替えたのを気付いた柴田の事をからかったりしたけど、俺も人のことは言えないね。

・・・柴田がシャンプーを変えたことに気付くなんてさ。

 

きっと、捜査にいつも連れまわされてるからだ。うん。

自分に言い訳してるように呟いて納得する。

 

一緒にいすぎたせいだ。

柴田のすべてを知っているような気がするのも

柴田の短所でさえもすべて受け入れてしまいそうになるのも。

 

きっと、一緒にいすぎたせいだ。特別な感情ではない。

 

 

「真山さーん。犯人わかっちゃったんですけどー」

そう呼びかける柴田の声に、自然と顔がニヤついてしまっても。

 

 

柴田、お願いだからさ。

これ以上俺を振り回さないでくれよ。

俺がどうにかなっちゃう前に。