27:ひまわり
「あ〜こ〜、何してんの?亜子」 暖かいある日、レイジは亜子を庭の花壇の前で見つけた。 亜子は屈んで、なにやら土をいじっている。 「見たらわかるでしょ?」 明るい笑顔と軽い皮肉を亜子はレイジに向ける。 「・・・わかんないから聞いてるんだけど〜?」 レイジは笑いながら亜子の隣に屈んだ。 土まみれの亜子の手が、手のひらの中にある何かをレイジに見せる。 「・・・これ、知らない?」 「ん〜?なんかの種?」 「なんかじゃなくてひまわり!」
昔とは違い、よく笑うようになった亜子。 それでも、少し勝気な所はかわっていない。 むしろ、レイジにとっては甘えられているようで嬉しくもあった。
「で、それを食べるの?ひまわりの種って、食えるんだろ?」 「違う。植えるの!ここに」 亜子は少し強い口調でそう言って、スコップで土を掘った。
それを見てレイジは去年の夏を思い出す。 まだ目が見えなかった亜子は、季理子に手をとられて花の苗を植えていた。 ・・・あの花は、なんと言う名だったのだろうか。 鮮やかな黄色をしていたことしか覚えていない。 周りまで華やかにする、明るい黄色。 目が見えず、心を閉ざしていた亜子には酷く不釣合いだと思った。 季理子も残酷な事をするなと、自分のしようとしている事を棚に上げてそう感じたのを覚えている。
「・・・ねえ」 呼びかけに気付かないレイジの腕を亜子が掴む。 「ねえ、レイジさん」 「・・・何?亜子」 ようやく亜子の方を向いたレイジに、亜子は少し拗ねたような顔をしていた。 「人差し指の第一間接の深さまで・・・ってひまわり?朝顔?」 レイジは少し笑って首をかしげた。 「・・・どっちでもいいんじゃないの?適当でいいんだよ」 「だめ。ちゃんと植えるの!夏になったら、ひまわりでこの花壇いっぱいにするんだから」 亜子はムキになったように、立ち上がった。
レイジは亜子を見上げた。 「・・・ひまわり?」 「そう。この花壇を、ひまわりでいっぱいにするの」 亜子はとても嬉しそうに笑う。 この笑顔は、出逢った頃には決して見ることの出来なかったもののひとつだ。 「・・・知ってる?レイジさん。ひまわりはね、太陽に向かって咲くの」 「・・・へえ」 レイジは亜子を見上げているので、太陽が目に入って眩しくて目を細めた。 「だから、好きなの。・・・私みたいで」 逆光で眩しいが、亜子の頬がちょっとだけ赤くなっているような気がした。
「・・・私がひまわりで、太陽が・・・レイジさん」
亜子が恥ずかしそうに呟いた。
レイジは黙っていた。 亜子はまだ赤い頬で、レイジの方を見つめた。 「ひまわりの花言葉はね・・・『あなたを見つめる』って言うんだよ」 それからにこっと笑った。
あのときの花より、きっとこれから咲くひまわりよりも周りを明るくするような、亜子の笑顔。
レイジはゆっくりと立ち上がると、亜子に向き合った。 「亜子、花言葉ってね、一つじゃないんだよ」 「・・・え?」 顔を上げた亜子の耳元に、レイジは囁いた。 「ひまわりの花言葉・・・『あなたはすばらしい』ってのもあるんだよ。・・・亜子みたいだね」
びっくりして頬を更に赤らめた亜子を見て、レイジは嬉しそうに笑った。 「忘れてた・・・レイジさんは歌舞伎町の伝説のホストだったんだよね」 「・・・そういうこと」 亜子が恨めしそうにレイジを睨んだが、レイジはその目線すら嬉しいという風に笑顔のままだった。
「・・・でもね、亜子」 「なあに?」 「もう、亜子には嘘はつかないって決めてるんだ」 「・・・嘘ばっかり」 「嘘じゃないって。・・・そんなに信用ないの?俺」 亜子がくすりと笑う。 「・・・信じてるよ」 亜子の声に、レイジはすっと真剣な顔になった。 「レイジさんのこと、信じてる」 一言一言噛み締めるように、亜子は丁寧に言った。
「・・・ありがとね」 レイジもきっと一年前までは人に見せなかったような優しい笑顔を亜子に向けた。
ここに来て、見えたもの。 ここに来なきゃ、見えなかったもの。
光を取り戻したのは、きっと亜子だけじゃなくて 目が見えるようになったのは、自分の方かもしれないとレイジは思った。
・・・太陽は、どっち?
「・・・亜子」 「なあに?」 「俺にもさぁ、植えさせてよ。ひまわり」 「どうぞ」 レイジの掌に、亜子がひまわりの種を置いた。
綺麗に、花が咲くように。 君に恥じない、大輪の花を咲かせよう。 太陽にも負けない、明るい花を。
君に勝る花なんて、どこにもないと思うけど。 |