24:猫舌

 

 

 

 

真山の部屋は、日当たりがあまり良くないので、春だというのに少し肌寒い。

かといってストーブをつけるのには、大袈裟な様な気がして真山は少しだけ厚着をしている。

春なのに厚手のセーターという自分の服装に苦笑したが、脇にいる女の季節感のなさに比べれば幾分マシだなと思いなおした。

冬だろうが、春だろうがこの女の服装にはあまり変化はない。

きっと、彼女の体は温度を感知する機能が働いていないのだろう。

味覚に対する正常な感覚がないように。

 

「・・・真山さん」

「ん?」

「コーヒー、飲まないんですか?冷めちゃいますよ?」

「うん。ちょっとね」

「あ。そっか」

「何だよ?」

「真山さん、猫舌ですよね〜。冷ましてたんですか?」

「・・・煩いよ」

女は、温度を感知する機能どころか、気遣いという機能も働いてないらしい。

「図星ですか?うふふ」

「・・・」

「あたっ・・・何するんですかー。もー」

「・・・お前さ、それ本気で言ってんの?」

「それ・・・ですか?」

「俺に叩かれた後の『痛い』ってやつ」

「あたりまえじゃないですかー!!痛いんですよ?ホントに!」

「でも・・・お前ってアレじゃん。基本的に鈍いじゃん」

「失礼ですねー!!私は何事にも敏感なんですよ?」

「・・・どこが?」

「・・・えーっと・・・」

「動きは鈍いし、味覚は変だし、常識ないし、何事にも疎いし」

「・・・そうですかぁ?」

「自覚ないの?それって、そーとー鈍いよ」

「えー?鈍いですかー?・・・おっかしいなぁ?」

 

女は一人首をかしげている。

真山はようやく飲める温度になったコーヒーを啜った。

「・・・おいしいですか?」

女が恐る恐る聞いた。

実は、このコーヒーは女が珍しく真山のために淹れたコーヒーなのだ。

「・・・まあまあだね」

「えー?まあまあですかー?」

「ちょっと薄い。・・・飲んでみる?」

女の手元にコーヒーはない。彼女は真山のためだけにコーヒーを淹れたのだ。

こくりと女は小さく頷くと、真山からカップを受け取り、一口飲んだ。

「ね?」

真山が念を押すように女に言ったが、女は顔をしかめて助けを求めるように真山に言った。

「・・・苦いです・・・」

女のその顔を見て、真山が楽しそうに笑う。

「ブラックはお子様には無理だね」

「・・・子供じゃないです」

女は拗ねて、唇を尖らせながらコーヒーカップを真山に返した。

それを受け取りながら、もう一度笑った。

女は拗ねながらも、横目でその笑顔に見惚れた。

 

 

「痛いんですよ?本当に」

しばらくの沈黙の後、女がまだ少し唇を尖らせて言った。

「何が?」

「真山さんが、バシッて私を叩くのが」

「ああ。そのことね」

まだその話をしているのか。やっぱり反応が遅いんだ、コイツは。真山は思った。

「・・・でもね」

真山は目線だけを柴田に向けた。

 

「私・・・なんていうか、あんまり人と接するのって苦手で・・・。ずっと、本読んだり勉強とかしてたから・・・」

女は下を向いてるので、どんな表情をしているのか真山からはわからなかった。

「人との距離の測り方がわからないんですよね。実は」

ポケットに煙草が入ってないか探ったが、入ってはいなかった。

「だから・・・なんていうか・・・嬉しいんです。真山さんに叩かれると」

真山は眉間に皺を寄せて、びっくりしたように女を見た。

「あ、変な性的嗜好はありませんよ?・・・そうじゃなくって・・・」

「・・・何だよ」

「えーっと、真山さんがね、ちゃんと私と話してくれてるんだなーって思うから、嬉しいんです」

「・・・どういうこと?」

「だって、私の話すこととか私がすることとかちゃんと理解出来てないと、つっこんだり叩いたり出来ないわけじゃないですか」

「あー、まぁ・・・そうなのかね」

「だから、嬉しいんです。ちゃんと私を見ててくれてるんだなーって」

やっと真山から見えた女は嬉しそうに笑っていた。

 

 

本当は、真山はちゃんとわかっている。

女は、鈍いだけじゃなくって、色々なものをちゃんと感じているということを。

かすかだけど確実にそれを理解していっているということを。

そしてそれを一生懸命真山に伝えようと頑張ることを。

 

この女の、切ないくらいに一生懸命な生き方を、真山はちゃんとわかっているのだ。

 

 

「それでも、叩く事はないんじゃないかなとも思いますけどね」

女が真山の方を見てにっこりと笑う。

「それも、一つのコミニュケーションなんだなーって思いますから、いいんです。

きっと、今の私は真山さんに叩かれなかったら物足りないと思います」

「・・・それってやっぱりマゾなんじゃん」

真山は口だけで笑う。

「うーん。やっぱりそうなんですかねー?」

女は、何処か嬉しそうだ。

 

真山の手がちょいちょいと女を手招きした。

女は不思議そうに近づくと、真山がぺちんと女の頭を叩いた。

「・・・いったーい・・・」

「・・・変態」

叩いた頭をぽんぽんと撫でながら、真山が笑った。

 

 

「柴田」

「はい?」

「コーヒー。おかわり淹れて来て?」

「・・・え?」

「今度はもうちょっと濃く。ね?」

「・・・はい!」

 

 

 

鈍くてもいいんだと思う。

大切なのは、きっと歩み寄る努力。

全てを分かり合えることなんて、哀しいけれど絶対にないのだから。

 

それでも、わかりたいと思う。わかって欲しいと思う。

大切なのは、きっとそういうこと。