23:笛
雑踏の中、また柴田とはぐれてしまった。 さっきまで傍にいたのに。 まったくアイツは迷子の天才だな。 大きくため息をひとつついて、それからあたりを探し始めた。 「柴田ぁ〜?」
二十分後。 自分でもよく見つけたなと感心するくらい、はぐれた場所から遠い川原で柴田を見つけた。 しかも柴田はのんきに、水筒に入れてある例の怪しいお茶を飲んで幸せそうに笑っていた。 ・・・人がこのクソ暑い中探してやってるというのに、自分はのん気にお茶だぁ? ムカツク。 ってか、こんなヤツのために走り回った自分が馬鹿馬鹿しい。 このまま見捨てて帰ろうかとも思ったが、どうせ俺に電話がかかってきて迎えに来なきゃいけなくなるのがオチだ。 そんな事態になる前に処刑だ、処刑。 犯罪者には罰を。
出来るだけ気配を消して柴田に近づく。 俺が今まで培ってきた犯人追跡のノウハウがこんなところで役に立つとは。 刑事も案外捨てたもんじゃないな。うん。 ひっそりと柴田の背後に着くと、力いっぱい柴田を蹴った。 ごろごろごろごろ 柴田はまるで大玉ころがしのように斜面を転げ落ちていった。 うひゃうひゃうひゃ そんな柴田の姿が可笑しくって、腹を抱えて笑った。
川に落ちる寸でで、柴田が止まった。 何が起きたのかよくわかってないのだろう。 きょろきょろとしきりに辺りを見回している。 俺はゆっくりと、草の生い茂った斜面を降りた。 ぱしんと柴田の頭を一回叩いて、自分の存在を知らせた。 「何でこんなトコにいるの?お前」 「あ、真山さ〜ん。お待ちしてました〜」 たった今、自分が蹴り落されたことに気付かないのか、柴田があほそうな笑みを浮べた。 「質問には答えろよ。なんで、一人でこんなとこにいるの?さっきまで街中にいたじゃん」 「あのですね。未確認飛行物体を見つけまして。空を見ながら追いかけていたら、いつの間にかここにいたんです。 ・・・あれ?確かさっきまでは上の草の所にいたような気がするんですが・・・」 「気のせいじゃない?それよりさ、何でそんなぐしょぐしょなわけ?」 「そういわれてみれば、冷たいですね〜・・・あ、これだ」 柴田が手に持っている愛用の水筒が空っぽになっていた。 恐らく、飲んでいる途中に転げ落ちたため、水筒まで回転をしたのだろう。 柴田のブラウスの袖を少しつまんで、匂いをかぐ。 「くっせ〜。なんだこの匂い」 柴田もくんくんと自分の服の匂いをかいでいる。 「これは、『柴田スペシャルクールエディション』の匂いですよ〜。臭くなんてないじゃないですか〜」 「臭いよ!ってかお前、こんなの飲んでんの?ありえね〜」 「冷たくて美味しいんですよ?せっかく真山さんに飲んでいただこうと思ったのに・・・」 「いるかよ!そんな怪しいモン、人に飲ますんじゃないよ!」 「あ、ちょっと待っててください。絞れば出るかな・・・?一口分くらいなら飲めるかもしれませんよ?」 柴田がブラウスを片手で絞った。 「絞るなよ!常識で考えて、ね?」 バチンと柴田の頭をたたく。 コイツの場合は自分の服から滴ったお茶をマジで飲まそうとするから恐い。
「あーあ。こんなにびしょびしょだったら、電車に乗れませんねぇ」 「そのうち乾くんじゃない?夏だし」 「・・・もうちょっとここにいていいですか?」 「今日は直帰でいいならね」 「はい。緊急事態ですからね」 「お、話わかるね。係長」 柴田の頭を撫で、それからよいしょと柴田の隣に座った。 「私のこと探してくださったんですか?すみません・・・」 「何だよ今更。すまないって思うんだったら、はぐれないで下さいね。オジョーサン」 からかうようにそう言って、ネクタイを緩めた。 「これでも、努力してるんですけど・・・」 「何の努力をしてんの?そんな風に見えないんですけど」 「さっきのハーブティーね、『心を落ち着かせる効果』があるブレンドなんですよ」 「それが何?」 「だって真山さん、いつも仰るじゃないですか。『迷子になったくらいで泣くな』って。だから私なりに泣かないように努力を」 ばしん 「いった〜い!」 「迷子になってから泣かない努力じゃなくって、『迷子にならない努力』をしろよ!お願いだからさぁ!」 「あ、そういうことかー」 だめだ、こりゃと大の字で寝転がった。 草の匂いは、懐かしくてどこか落ち着く。 柴田がここで一息ついていたのも、『泣かない努力』の一環だったかもしれない。
「柴田笛みたいなのあったら俺買うんだけどね〜」 「え?『柴田笛』?なんですか、それ?」 柴田が、寝転んでる俺の方を覗き込んだ。 「犬笛の柴田バージョン。その笛吹いたらお前がぴゅーっと飛んでくんの。便利でしょ?」 「もう!動物扱いしないで下さい!!」 「何言ってんの?犬の方が帰巣本能あるから、お前よかよっぽど賢いんだよ?」 「う・・・」 図星らしく、柴田は反論できないようだ。 「やーい、お前犬以下?ウヒヒ」 「真山さん酷いです」 「今頃気付いた?」 「もう!」 柴田が、その辺にある草をちぎって、俺に投げつけた。 それでも俺は、ウヒヒヒヒと笑っていた。
「でもね、私持ってますよ?」 柴田が唐突に切り出す。 「何を持ってんの?」 俺は手を頭の後ろで組んで、枕にした。 「『真山さん笛』」 「は?何の笛?」 「真山さんを呼ぶ笛です」 「俺笛なんかで呼ばれたことないけど?」 「私がね、道に迷った時や、どうしても困った時。真山さんに会いたくなったときは真山さんがいつでも来てくれるんです」 「へ?」 柴田が再び、俺の顔を覗き込んだ。 「いつもすごいタイミングなんですよ。『真山さんに会いたいなー』って思うと、真山さんぱっと来てくれるんですもん。 これって、『真山さん笛』を私が持ってるってことですよね?」 「何だよソレ」 軽く笑う。 「だから真山さんには私の気持ちがぜーんぶ聞こえちゃってるんじゃないかって実は少し疑ってます」 柴田がにへらと笑った。 幸せそうな笑顔だ。
「当たり前じゃん。お前のことなんてね、全部わかってるよ?俺は」 「やっぱり!!ですよね〜。そうじゃなきゃ、おかしいですもんねー。あんなにタイミング良く。」 柴田がうんうんと一人納得している。 「・・・今、お前が何考えてるかも当ててやろうか?」 ふふんと挑発的に笑った。 「うわ〜。やっぱり、科学では解明できないことも世の中にはあるんですね〜。是非、お願いします」 柴田はなんだか俺のみえみえの嘘にえらく感動してるらしい。
「『真山さんって素敵ー』って思ってるだろ?」 「思ってませんよ〜。はずれです」 「嘘つけ、顔赤いよ?」 「もう!違うって言ってるじゃないですか!」 「・・・じゃあ、『真山さんっていい男〜。トレビアーン』とか?」 「全然違います。あ、さては嘘ついたんですね?」 「お前、俺が嘘つくと思ってんの?」 「・・・じゃあ、最後のチャンスです。当ててください」 柴田が俺の目をじっと見つめる。
当たるわけなんて、ないじゃん。 お前の気持ちが手に取るようにわかったら、こんなに苦労はしてないよ。 相手の気持ちがわからないからこそ、楽しいのに。 わかってないなぁ。やっぱり初心者は・・・
「わかった。じゃあ本気で当ててやるよ」 「本当ですか!?」 柴田の目がいちだんと輝いた。 「・・・『真山さん大好き〜。キスしてぇ〜』だろ?」 「・・・・・・あたりです」 柴田が赤くなってうつむいた。 「はぁ!?これが当たりなわけ?」 ただ、でたらめを言ってみただけなのに。 柴田が、赤い顔でこくんと頷いた。 ・・・まぁ、まわりに人はいないし・・・ねぇ。
「ほら、俺にはお前の気持ちなんてお見通しなんだよ」 ゆっくりと起き上がる。 「すごいです、真山さん」 「でしょ?じゃあごほうびちょうだい?」
俺が柴田の頬に触れると、それが合図のように柴田が長い睫毛を伏せた。
「うわ!まっず〜!!」 「真山さんすっごい失礼ですよ〜!!」 「アレだ、『柴田スペシャル』だ!おえ〜」 「え?美味しくないですか?」 「これのどこが!?お前、キスする前『柴田スペシャル』禁止ね!!」
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