22:にわとり 

 

 

 

 

非常に天気のよい日だった。

天気のよい日というのは、しばし「何とか日和」と言われるが、柴田にとっては勿論「捜査日和」だった。

一方真山は意外にもこんなに晴れた「洗濯日和」に洗濯をできない事を悔やんでいた。

真山は洗濯が嫌いだ。

自分の気分や都合だけでなく天候に気を遣わなければいけないからだ。

そんな理由で柴田と真山はいつものように笑顔としかめっ面で歩いていた。

 

「あっ!」

何かを見つけた柴田が小さく声をあげた。

「真山さん、真山さん」

後ろを振り返り、真山に呼びかける。

「・・・何だよ」

顔をしかめたまま真山は答えた。

「見てください。あのお宅」

柴田が指差した先には、今時珍しい少し古びた純和風の家。

古びた小さい家畜小屋と鶏が見える。

「何だよ、鶏が珍しいの?」

興味なさそうに尋ねる真山の顔を柴田は嬉しそうに笑った。

「にわにはにわにわとりがいますよ」

「・・・は?何だって?」

「ですからー、庭には、二羽、鶏がいます。うふふ」

元々機嫌のいい柴田は、とてつもなく嬉しそうに下らない報告をする。

元々機嫌の悪い真山は、とてつもなく嫌そうに呟いた。

「・・・だから?」

 

「よく言いません?早口言葉で『にわにはにわにわとりがいる』」

「知ってるけど・・・それが何?」

「いやー、私始めて見ましたよ。リアル『にわにはにわにわとりがいる』。感激です」

「・・・柴田」

「なんですか?」

「・・・馬鹿」

真山は心底呆れて言った。

柴田はまるで言葉のわからないかの様にそれを聞いてへらりと笑う。

「ね、ね、真山さん?」

真山のコートのひじの辺りを柴田はちょいちょいと引っ張る。

「ん〜?」

「真山さん、ちゃんと言えます?『にわにはにわにわとりがいる』」

その問いかけにますます真山の眉間の皺が増えた。

「お前、俺を馬鹿にしてんの?」

「言えるんですか?」

「・・・殴るよ?『庭には二羽鶏がいる』・・・これでいいか?」

「あら・・・意外ですねぇ〜」

「意外でもなんでもねぇよ。お前さ、さりげなーくすげえ失礼なんですけど?」

 

「あ、じゃあこれは?『とうきょうとっきょきょかきょく』」

「『東京特許許可局』・・・ね、馬鹿にしてるでしょ?俺を」

 

「『あおまきがみあかまきがみきまきがみ』」

「『青巻紙・赤巻紙・黄巻紙』」

 

「『ぼうずがじょうずにびょうぶにぼうずのえをかいた』」

「『坊主が上手に屏風に坊主の絵を描いた』」

 

「『かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぽこ』・・・あれ?」

「言えてないしね、最後」

 

「『いろはにほえど、ちりぬるを』」

「・・・『わがよたれそ、つねならむ』」

「『うゐのおくやま、けふこえて』」

「『あさきゆめみし、ゑいもせす』・・・って違うでしょ。これは」

「あは。気付きました?」

「当然。なんだよ、どっから出てきたんだよ、いろは歌なんて」

「あー、でも楽しいですね」

「は?」

「楽しくないですか?なんか・・・『共同作業』って感じで。えへへ」

ばしっ

「気持ち悪い言い方すんなよ!」

「あいたた・・・でも、そんな気がしませんか?」

「しません。馬っ鹿じゃないの?」

真山はもう怒る気力もしないという風に、吐き捨てるように言った。

 

「・・・あ、でもそうか。これが共同作業となると・・・」

柴田がブツブツと何か呟いている。

「真山さん」

「あ?」

「こうやって、一緒に捜査してるのも共同作業ですよね?」

柴田の言い方は、とても大切なものを見つけた時のようだった。

「は?」

「一緒に現場に行って、関係者の方々から事情聴取して、推理して・・・これって立派な共同作業だと思いませんか?」

「事情聴取してんのも、推理してんのもお前だけだろ?」

「でも、真山さんがいてくださるから、出来るんです」

柴田は自分だけが納得したように「うん」と頷いた。

自分の中だけでものを言う柴田に、真山はやれやれとため息をつく。

 

「・・・そう考えると、すっごくいっぱい一緒に頑張ってきましたね、私たち」

「お願いだから、お前と俺を一緒にしないで?ね?」

「一緒に捜査に付き合ってくださるのが真山さんじゃなかったら、私こんなに頑張れなかったと思います」

「頑張らなくていいから。というか、頑張らないで?お願い」

こんな時、柴田は真山の言葉を一切聞かない。

きっと柴田は目の前にいる現実の真山ではなく、自分の頭の中の真山と話しているのではないかと真山は思っている。

 

柴田は、しゃんと背筋を伸ばして改めて真山の顔を見た。

真山は片眉だけを上げて、柴田の様子を見た。

「・・・真山さん」

気をつけをしている柴田は小学生のようだ。

 

「ふつつかものですけど、これからもよろしくお願いします」

柴田は真山に向かって、深々とお辞儀をする。

真山は少し呆れて、下げられたままの柴田の頭をペちんと叩いた。

「なにするんですか?人がせっかくお願いしてるのに・・・」

柴田は拗ねて唇を尖らせている。

真山は面倒臭そうに鼻に皺を寄せると、柴田の首根っこを掴んで耳元で囁いた。

 

「柴田、それ嫁に来る女の常套句。・・・結婚でもする?」

 

その一言に、柴田は耳まで赤くなって、真山はじっとその様子を見た。

柴田はしばらく赤い顔のまま、のぼせているようにぼーっとして、それから少し睨むように真山の顔を見た。

「からかってるでしょう?」

「うん。だって面白いもん」

そこでようやく真山が笑顔をみせる。

今日はじめて柴田が見る真山の笑顔。

 

憎たらしいはずなのに、ちょっと嬉しくて、強く怒れない。

もし、真山がすべてわかっていて柴田をコントロールしているのならば凄いなぁと柴田は思う。

もっとも、柴田が強く怒った所で困るような真山はではないけれど。

 

「・・・ご機嫌ですね」

怒っても拗ねても無駄なんだろうと悟った柴田が真山に言った。

「んー?天気いいからね」

真山は空を見上げる。

 

 

雲ひとつない青空。

 

 

「・・・『捜査日和』」

真山がポツリと呟いた。

「え?」

「って言いたいんでしょ?どうせ」

「・・・はい。よくお分かりですね」

真山はもう一度笑った。

 

「お前の頭の中を覗くのなんてね、早口言葉よりも簡単だよ」

 

そう言ったのは真山の強がりか、それとも本心なのか。

どちらでもかまわないと柴田は思った。

 

 

だって、柴田はどう足掻いても真山には勝てないのだから。

 

真山がどう足掻いても柴田に勝てないように。