21:箸
「真山さぁ〜ん、お箸つけて下さいよ〜」 「嫌だね。誰が好き好んで自ら危ないものを口にするのよ?俺、まだ死にたくないんだけど?」
お昼休みの弐係、柴田と真山の攻防戦が繰り広げられていた。 そこに、自販機で飲み物を買いに行った彩が戻ってきた。 「たっだいまー。・・・近藤さん、アレ何?」 「どうやら柴田さんが真山さんにお弁当を作ってきたようですよ」 確かに、よく見てみると真山の机の上にはかわいらしいピンクのお弁当箱が置いてあった。 「弁当!?かー、相変わらずのアツアツぶりやなぁ」 「・・・そうでもないようなんですが・・・」
「だから〜、大丈夫ですってばー。私ちゃんと味見しましたもん」 「信用できるか!お前はね、方向音痴で味覚音痴なの。いい加減自覚してくれよ〜」 「でも・・・母も味見してくれたし、大丈夫です!味は保障しますから!!」 「胡散臭ぇ〜。とにかく、俺は食わねぇからな。弁当でも買ってこよ〜」 真山は、ダルそうに席を立とうとした。
「・・・真山さんが、食べたいって仰ったんじゃないですか・・・」 「は?何が?」 「近藤さんのお弁当見て『愛妻弁当』を羨ましがってたから・・・私、頑張って作ったのに・・・」 「羨んでなんかないよ!それにお前馬鹿?『愛妻弁当』ってどんな漢字使うか知ってる? 『愛する妻の弁当』だよ?お前俺の奥さんじゃないじゃん」 「わかってますよ、そんなこと・・・」 「何お前?弁当ごときで泣いてんの?」 「・・・泣いてなんかいないです」 「泣いてんじゃん。声、震えてるよ?」 「私は、ただ・・・真山さんに喜んでいただこうと思って・・・」 「へぇ。残念でしたー」 「・・・酷いです・・・」 「そう?当然だと思うけど」 「・・・もういいです」 「柴田?」 真山が柴田の顔を見ると、柴田は大粒の涙をぽろぽろと溢していた。 柴田は、涙を拭おうともせずに真っ直ぐに真山を見つめた。 「真山さんのインポテンツー!!」 柴田はそう言い残して弐係を飛び出して行った。
「・・・真山さん、アンタ、インポなん?」 ひとつの悲しい謎だけを残して。
ひっく、ひっく。 柴田は泣いていた。 ここは警視庁の・・・どこか。 闇雲に走っていたら、また迷ってしまったのである。 いつもなら携帯電話で弐係に電話して、真山に迎えに来てもらうのだが、今はそれだけはしたくなかった。 「方向音痴に味覚音痴」 真山の心無い一言が、心に深く突き刺さる。 確かに、味覚がおかしいのかもしれない。 大好きな柴田スペシャルは、他人に美味しいといわれた事はないし。 それでも、あのお弁当は一生懸命作ったのに。 真山さんに喜んでもらおうと思って一生懸命作ったのに。 それを食べようともしてくれないなんて・・・。 真山さんの馬鹿。 ・・・だいきらい。
とはいっても、警視庁で迷う事1時間。 さすがにそろそろ弐係に帰りたくなってきた。 でも、電話をしたところであの男の思うツボかと思うと少し悔しい。 けれども、ここはどこだろう? エレベーターさえ、見当たらない。 さっきとは別の涙が出そうになった。 さっきあんなに腹が立ったのに。 こんな時に助けを求めるのは、やっぱりあの男。 「・・・まやまさん・・・」
「しーばた」 急に後ろから声をかけられて、柴田がびくりと振り向いた。 「彩さん・・・」 真山ではないことに、少しほっとして、少しがっかりした。 「アンタ、なんでこんなとこにおるん?」 「えっと・・・ちょっと迷ってしまいまして・・・」 「アンタ、まだ泣いとったん?」 彩が、柴田の顔をハンカチでぬぐってやった。 「あ。ありがとうございます・・・」 「そろそろ、弐係に戻らへんの?」 「戻りたいんですけど・・・ちょっと道に迷ってしまいまして・・・」 「・・・アンタらしいわ」 彩がクスリと苦笑いをした。 「そうや。はい、これ」 彩が差し出したのは、ピンクの弁当箱。 柴田が真山に作った弁当の箱であった。 「・・・真山さんに返して来いって頼まれたんですか?」 「ううん。アタシが勝手に持って来てん」 「なんで、そんなことをするんですか?」 柴田がまた泣きそうになっていた。 「あ〜、泣かへんの。ほら、このお弁当箱持ってみぃ?」 「・・・何があるんですか?」 「ええから、ええから」 彩が柴田の掌に弁当箱を乗っけた。 「あれ・・?軽い・・・」 彩がにやりと笑った。
「まさか・・・彩さんが食べてくださったんですか?」 ぱちん。彩が柴田を叩いた。 「アホ。アンタが真山さんの為に作った弁当、食えるかいな」 「え?・・・じゃあ・・・」 「真山さん、食べよったで〜」 「本当ですか?」 「おっかしかったでー。真山さん。 アンタの弁当食べて、赤くなったり青くなったりしまいには白くなっとったわ」 「・・・やっぱり、美味しくなかったんですかね?」 「さぁな?でも、弁当箱開けてみ?」 柴田がかぽんとふたを開けた。 箱の中は、綺麗に何も残っていなかった。 「全部・・・?」 「そ。綺麗ーにぜーんぶ食べよったで。真山さん。食べ終わった途端、青〜い顔してソファに倒れこんどった」 「彩さん・・・」 「何?」 「どうしたら、弐係に帰れますか?」 「あそこの角曲がったら、エレベーターあるわ」 「ありがとうございます」 柴田が深々と彩に礼をした。 「どーいたしまして。ちゃんと仲直りせなあかんよ」 「はい!今度は彩さんの分もお弁当、作りますね」 「いや、それは遠慮しとくわ」 「では、失礼します」 とたとたと、柴田が弁当箱を大切そうに抱えて走り出した。 「ちょお、柴田。そっちちゃうって。あっち!」
柴田が弐係に着くと、彩の言うとおり真山がソファで横になっていた。 近藤も、金太郎も捜査に行ったらしく、他に人陰はなかった。 真山の顔には新聞がかけられていて、その表情は伺えなかった。 柴田は、ソファに近づくと少し屈んで、真山に話しかけた。 「真山、さん。どうもありがとうございました」 「・・・何が?」 新聞紙のせいで、くぐもった声が柴田の耳に優しく響いた。 「やっぱりおいしくなかったですか?」 「・・・ウインナーがさ、入ってなかったんだけど」 「ウインナーですか?」 「やっぱり弁当にはウインナーでしょ?」 「そうなんですか・・・?」 「うん。そうなの」 真山が顔にかかっている新聞を取った。 「だからさ、次はちゃんと入れてよ?ウインナー」 「次・・・?」 「そ。タコさんウインナーがいいな」 「はぁ・・・」
真山がよっと起き上がって、ゆっくり首を回した。 柴田がポカーンとした顔で真山を見つめた。 「何?」 「それは・・・またお弁当を作ってもいいってことですか?」 「次はもうちょっと上手く作ってね」 「・・・はい」
翌日、休みをとった真山に、柴田以外の弐係のメンバーは納得したという。 「おかしいなぁ。真山さんなら大丈夫だと思ったのに・・・」 柴田の少し気になる発言が、真山に聞こえてなくてよかったなと思う彩であった。
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