20:友達
「彩さ〜ん」 女の声がする。 「なんやねん、あんた。そんな情けない声出しぃな」 女のほうに近寄っていくと、子供のように抱きついてきた。 「彩さーん、聞いてください。真山さんがねー、酷いんですよー」 「なんや、痴話げんかかいな」 「『なんや』じゃないですよー!!私真山さんがあんなに酷い人だとは思いませんでした」
あーあ、とため息をついた。 この女はアタシの後輩で上司。 とても可愛くて仕方がない女だ。
「・・・で?真山さん、アンタに何したん?」 「聞いて下さいよー、真山さんってば私にかかと落とししたんですよー?」 「は?かかと落としぃ?」 「そうです。すっごーい痛いんですよ・・・脳みそ出てくるかと思ったぁ」 「そら凄いわ。よーあのおっさん足あがったなぁ」 「もう、感心しないでくださいー!!」 「あー、ゴメンゴメン」 「すっごい痛いんですよ?かかと落としって。頭がね、ぱっくり割れるかと思うくらい」 「ぱっくり割れたら一大事やな」 「でしょう?それなのにね、真山さん笑ってるんですよー。最低だと思いません?」 「・・・真山さんらしいやん」 アタシは思わず笑ってしまった。 かかと落としを痛がる女とそれを笑う男。 こんなにも容易く想像できる画はない。 あの男は、そういう男だ。
「もー!彩さんまで笑って・・・酷いです・・・」 女が拗ねたような様子でアタシのほうを見ていた。 「あー、ごめんごめん。そりゃ最低やなぁ、真山さん」 「でしょ?彩さんからなんとか言って下さいよー」 「『なんとか』って?」 「だから、『柴田をいじめんといてー』とかなんとか」 「・・・下手な関西弁やな」
そんな事を言われても困ってしまう。 だって、いじめることがあの男の愛情表現だから。 いい年をして子供のようなあの男の。
「何お前、また木戸に泣きついてんの?」 声がして、アタシと柴田は顔を上げた。 子供のようなあの男は、今日も精神年齢とは不釣合いの煙草を吸っている。 しかし、外見上のあの男には良く似合ってる煙草を。
「出たで、最低男」 アタシの言葉に男はニヤリと口の端を歪めた。 「柴田、また木戸に俺の悪口吹き込んだの?」 ぺしんと大きな音を立てて、また男が女の頭を叩く。 「叩かないで下さいよ〜」 叩かれた場所をすりすりとさすりながら女が言い返した。 それを見て男は嬉しそうに笑う。 本当に嬉しそうに。
「真山さん、あんまり柴田いじめんときー?」 それでも、アタシは柴田の味方する。 アタシは、女の友達だから。 「いじめてないじゃん。からかってるだけ」 唇に笑みをたたえたまま、男は飄々と答える。 「・・・彩さぁ〜ん」 女が助けを求めてくる。 「からかうのもええけど、かかと落としはやりすぎちゃう?」 アタシは、女の頭を撫でてやりながら言った。 「ね、聞いた?俺柴田の頭まで足あがったんだってさ。すっごいよね?いやぁまだ若いね、俺も」 「ほんまにそんなに足あがったん?ここやで?ほんまに30過ぎのおっさんの足がここまで上がるんかー?」 「そこらへんの30過ぎと一緒にするんじゃねえよ。俺は若いの!何ならもう一回やってやろうか?かかと落とし」 「えっ!?」 「ええってええって。そんなムキにならんでもええやんか」 「木戸、お前信じてないだろ?本当なんだって」 「あーはいはい。すごいなー、真山さん」 「信じてないじゃん。くっそ、もう一回やってやる。柴田、おまえそこに立て」 「嫌です。かかと落としって本当に痛いんですよ?」 「俺の名誉のためなの。ね?立って、そこに」 「嫌です」 「いいじゃん。かかと落としの一回や二回」 「良くないですよー!!本当に痛いんですからねー。あれ」 「一瞬だけじゃん。お前がそれを我慢すれば俺の名誉は一生守られるんだよ?ちょっとくらいいいじゃん」 「良くないですよー!!」
アタシはこの女ともこの男とも友達だから。 穏やかな気持ちでこの二人のじゃれあいを見ることが出来る。
少し胸が痛んでも、それを表情に出すことなく。 男への想いは胸に閉まって。
「彩さぁ〜ん」 「木戸、ちゃんと見ろよ?俺のかかと落とし」
この女も、この男も、大好きな友達。 とても大好きで、とても大切な。
あんた達がなんて言っても、アタシはあんた達の友達のつもりでおるからね。
な、柴田。真山さん。
|