18:抜け道

 

 

 

 

おかしいな。

こっちの抜け道から行けば、近いと思ったのになぁ?

ただ警視庁に戻ろうと思っただけなのに・・・

また迷子になってしまった。

 

 

柴田は、きょろきょろとあたりを見回した。

どこかの裏路地。

警視庁の近くだというのに、なぜか一昔前の懐かしい雰囲気のある路地だ。

少し、入り組んでいる路地なので自分がどこから来たのかさっぱりわからない。

こんな日に限って、方位磁石を忘れてきてしまった。

・・・どうしよう。

力なく、空を見上げる。

梅雨なので空はどんよりと重く、今にも降り出しそうな色をしていた。

 

 

さっきまで一緒に歩いていたはずの真山の姿をとりあえず探す。

「真山さぁ〜ん」

先ほどまでの捜査で歩き回っていた為か、やや疲れている足でぺたぺたと歩き回る。

けれども、真山の姿はあたりにはなく、柴田はふうと大きなため息をついた。

 

 

今まで、道に迷ってもこんな気持ちにはならなかった。

初めて見る道は、何もかも新鮮だったし、道端の花の一つ一つ、壁に貼られている広告の鮮やかさを楽しんでいた。

それに、どれだけ時間が経とうが家に帰れるというヘンな自信を持っていた。

けれども、いつからだろう。

「迷子」である事に不安を覚えたのは。

 

 

「真山さぁ〜ん」

もう一度、男の名を呼ぶ。

その声は、太陽の光を隠している重い雲に、吸い込まれていく。

柴田の頬に、冷たいものが当たった。

「・・・雨・・・」

柴田は、頬にある雫を拭おうともせずに、空を仰いだ。

雨はすぐに激しさを増した。

電池の切れた玩具のように、柴田はただ黙って空を見つめていた。

 

 

「死者に会いたければ、黄泉の国に繋がってるという厄神島に行くがいい」

 

背後から、聞き覚えのある声がした。

はっと振り返ると、そこには誰もいない。

古びた軒先にかかっている風鈴が、雨に負けてちりんと鳴った。

「・・・何?」

柴田はなぜか怖くなった。

覚えている。

あれは、多分本当のお父さんが死んじゃってすぐの事。

不思議な老人に、そう告げられた。

 

実際厄神島に行った。

お父さんにも会えた。

けれども、何か違った。

私の望んでいた再会ではなく、別離のための再会だった。

自分が求めていたのは、あんな再会ではない。

ずっと、お父さんといたかった。

けれども、そんな事は出来るはずはない。

お父さんは死んでしまったのだから。

最初からわかりきった事だったのに。

 

・・・では、私は何を望んでいたの?

「別れのない、愛に満ちた世界」

それは、朝倉が言った言葉。

朝倉に従えばよかったの?

そうすれば、みんなが幸せになれたの?

私は間違っていたの?

 

 

柴田は、急に走り出した。

何かから逃げたかった。

それは何かよくわからない。

わからない、けれど。

今逃げなければ、掴まってしまう。

何か、大きくて黒いものに。

 

 

どしんと何かにぶつかった。

やわらかくて、あたたかい。

人にぶつかったとわかるまでには、少し時間がかかった。

「あ、すみませ・・・」

そう言って、謝ろうと顔をあげた。

 

真山だった。

 

「お前、何でそんなにぬれてんの?」

真山が不思議そうな顔で柴田の髪に触れた。

「・・・真山さ・・・」

「しかも何?泣いてんの?」

柴田がぶんぶんと頭を振った。

「・・・泣いてんじゃん」

真山がふっと笑ったのが空気でわかった。

「ま、やま、さん・・・」

「ん?」

「私たち、間違ってないですよね?」

柴田は、潤んだ瞳で真山を見つめた。

 

「・・・何言ってんだかよくわかんねぇけどさ。間違いのない人間なんていないんだよ」

「え?」

真山が少し困ったような顔をしている。

「俺は、その時一番いいと思った道を選んでる、それだけだ」

 

そうだ。

私が迷子を恐れるのは、この人と会ってからだった。

いつでも、この人のそばにいたいから。

一人でいるのが不安になるのだ。

・・・けれども、ちゃんとわかってる。

この人は、私を探してくれる。ちゃんと見つけてくれる。

私に手を差し伸べてくれる。

私に道を、示してくれる。

それがきっと、どんな時でも。

 

 

「で、何でこんなにぬれてんの?」

真山が柴田の睫毛についている雫を救った。

「え?雨降ったじゃないですか。先ほど」

「雨?降ってないよ?」

真山が空を見上げた。

「え?・・・だって、真山さんもちょっとなんだか濡れてません?」

柴田が、真山の頬に触れる。

「これは汗。だれかさんが急にいなくなってくれるから、走り回ったの!」

「あ・・・すみませんでした」

 

「迷子になったからって、泣いてるんじゃねぇよ。子供じゃないんだからさ?」

真山の手が、柴田の頬をいとおしそうに撫でる。

「だって・・・真山さんがいなかったから・・・」

「いなくなったのはお前でしょ?お願いだから勝手にヘンな道行くなよ」

「・・・すみません・・・」

ぽんと、優しく真山は柴田の頭を叩いた。

「勝手にいなくなるなよ?こっちが大変なんだからな?」

「・・・心配してくれてるんですか?」

「してねぇよ!たださ、俺とはぐれて車に轢かれて死んじゃいました、なんて事になったら夢見悪いでしょ?」

「そんな事になったら、毎晩真山さんの枕元に立ちますからね?」

「やめてよ!俺、マジでそういうのダメなんだって!!」

「うぅ〜らぁ〜めぇ〜しぃ〜やぁ〜」

「コワ!お前洒落になんないからやめて?」

ふふふと、柴田が嬉しそうに笑った。

その顔からは、先ほどの不安は見えなかった。

 

「ほら、帰るよ?」

「はーい」

真山が、ぎこちなく柴田の手を握った。

「・・・真山さん?」

「また、迷子になって泣かれちゃ、困るでしょ?」

心なしか、顔も赤い。

柴田がきゅっと真山の手を握り返した。

「また迷子になったら、探してくださいね?」

「・・・やだよ」