18:つくし

 

 

 

「はーるのーうらーらーのー すーみーだーがーわー」

「ここ隅田川じゃないから、ね?」

聞き込みの帰り道、柴田と真山は川原を歩いていた。

春のうららかな日差しの中、楽しそうに鼻歌を歌う柴田の後を、つまらなそうな真山が歩いていた。

「っていうかさ、お前声でかすぎ。鼻歌じゃなくって騒音だよ?」

「こんなにお天気いいと歌いたくなりません?」

「お前だけでしょ?」

「えー?真山さんも歌って下さいよー。あ、じゃあ私下のパート歌いますから合唱でもしますか?」

「馬っ鹿じゃないの?」

「あ、真山さんもしかして・・・音痴ですか?」

「・・・・」

「いたっ!!・・・何するんですか〜?も〜」

「訴えるよ?名誉毀損。ね?」

 

下らないやり取りをしながら、二人は川原をてくてくと歩く。

柴田が足元の何かに気付き、急にしゃがみこんだ。

急にしゃがみこんだ柴田に真山がつまづきそうになった。

「・・・おい」

真山が少し怒ったように柴田を見下ろすと、柴田が嬉しそうに振り返った。

「真山さん、見てください。ここ」

「ん?」

柴田が笑顔で指す先には、小さなつくしがはえていた。

「つくしですよ〜。かわいいですね〜」

「かわいい?たかがつくしでしょ?」

「はい。一生懸命生えててかわいらしいと思いませんか?」

「別に?」

「も〜、真山さんって本当に情緒が無いんですね?」

「だって、あっちの方いっぱい生えてんじゃん」

真山が指す方向には確かにつくしがたくさん生えていた。

「わ〜!!すごーい!!」

柴田は犬のように一目散にその場所を目指して走っていった。

真山はその後を仕方なさそうについていった。

 

つくしのたくさん生えている場所の真ん中に柴田はしゃがみこんだ。

指先でつんつんとつくしを突付いたり、鞄の中からルーペを取り出して観察したりしている。

「何?お前つくしがそんなに珍しい?」

真山のあきれた声が聞こえて、柴田は振り返る。

「はい」

よいしょっと声を出して、真山が柴田の後ろでしゃがみこんだ。

「小さいころとかさ、遊ばなかった?これで」

「え?つくしで遊ぶんですか?」

「うん」

柴田の後ろから真山の手が伸びてきて、長めに成長しているつくしを一本手折った。

「柴田、ちょっと見んなよ。あっち向いてて」

真山の言葉に柴田は「はい」と頷き、掌で目を覆う。

律儀に言いつけを守る柴田に真山は少し笑って、それから真山はつくしに少し細工をした。

とんとん。

真山が柴田の肩を叩く。

「もういいよ」

その声に、柴田が目から手を離し真山の方を見た。

柴田の目の前にあったのは、先ほどと何も変わらないようにみえるつくし。

「柴田、これね、どっか一回切ってくっつけてんだよ。どこかわかる?」

「え?切れてるんですか?」

「そ。どっかの節が切れてんの。当ててみな?」

そう言われても、柴田の目にはどこも繋がっているようにしか見えなかった。

「早くしろよ」

真山に急かされて、柴田は仕方なしに節の一つを指差した。

「ブッブー。ハズレ」

うひゃっひゃと嬉しそうに真山が笑い、正解を見せてくれた。柴田が指した節の一つ上のところ。

柴田は無性に悔しくてぶーたれた。

真山がつくしを柴田に渡す。

 

「やんなかった?こういうの」

真山の勝ち誇った笑顔に、柴田が憮然としたまま言い返す。

「しませんでした」

「友達いなさそうだもんねぇ、キミ」

真山がもう一度よいしょといって立ち上がる。

「余計なお世話です」

柴田は真山に手渡されたさっきのつくしを調べている。

 

「そういえば・・・」

柴田がポツリと呟いた。

「ん?」

「つくしって食用なんですよねー」

「昔は食べたってね」

「美味しいんですかねぇ?」

「さぁ?食ったことねぇもん」

「そうですか・・・」

 

「シバタ」

「はい?」

「まさか、食おうと思っているんじゃないよね?」

「・・・え?」

「その間は図星か?」

「よくお分かりで」

「お前が単純なだけ」

「だって、食用なんですよね?」

「うん。どうやって食べるか知ってる?」

「いえ?」

「おひたし。火を通すの。ナマで食うんじゃないから。ね?」

「なるほど」

 

「・・・・」

「柴田」

「一口だけ・・・」

「馬鹿」

「ダメですか?」

「勝手にすれば?」

「では・・・」

「でもさ」

「はい?」

「それ食ったら、今日は絶対キスもセックスもしないよ?」

「え?」

「だってやだもん。道端に生えてるの食った女となんて。ね?」

「・・・」

「どうしたの?食いたきゃ食えば?」

「真山さんって・・・」

「ん?」

「上手いですよね」

「何が?」

「操縦です。私の」

 

真山が笑う雰囲気がして、それから柴田の頭がペしんと叩かれた。

「つくし、食わないなら行くよ?」

そのまま、真山の手が柴田の目の前で止まった。

珍しく差し伸べられたその手を、柴田はじっと見つめた。

「何だよ」

「・・・いえ」

何か言うときっとその手が引っ込められるのではないかと思って、柴田は何も言えなかった。

ただ、ありがとうと言いたかっただけなのに。

特に理由なんてないけれど、時々柴田は真山にお礼を言いたくなる時がある。

例えばこんな風に優しくされた時。

ふと顔を上げたら、真山がいた時。

きっと、ありがとうって言っても真山はきっと怪訝な顔をするだけだろうけれど。

 

真山の手を取って、柴田は立ち上がった。

柴田が立っても、背の高い真山とは目線が同じになる事はない。

見上げるようにして真山の顔を見る。

いつもと変わらない、真山の顔。

柴田はにっこりと笑った。

 

真山は一つ咳払いをして、川原を歩き始めた。

柴田と繋いだ手、そのままに。

 

うららかな春の陽気。

背中から聞こえてくる柴田の間抜けな歌声。

 

「本当に操縦が上手いのはどっちの方だよ」

真山は自分の心に中にだけ呟いて、それから空を見た。

もうすぐ本当の春が来て、きっと色々な花が咲く。

たんぽぽの茎の風車。

しろつめくさの首飾り。

きっと何も知らない柴田に教えてやろう。

そう思ったら少し嬉しくなった。

 

「・・・ありがとな」

「え?真山さん今何か言いました?」

「別に?」

 

 

 

「はーるのーうらーらーのー すーみだーがわー

のーぼりーくだーりーのー ふーなびーとがー

かーいのーしずーくもー はなーとちーるー

なーがめーをーなーにーにー たーとおうーべーきー」

 

 

柴田の間抜けな声と、温かい手。

たまには「生きてること」に感謝ってのも悪くない。

な?柴田。