17:にんじん
弐係の昼休み。 いつものように静かな昼休みでした。 この時間、いつもここにいるのは私だけ。 柴田さんと真山さんは大抵捜査に行っているし、 遠山君はいても寝てるか調書を読んでいるので一緒に食事をしたことはあまりないように思えます。 以前は、野々村元係長や、谷口さん、そして決して捜査には行かなかったころの真山さんなど、 決して騒々しくはないけれど大人数でお昼を食べていました。
それに比べると、今は一緒に食事をする人はいないけれど、随分騒がしくなったなぁ・・・
なんて、ぼんやりしている所に、珍しく真山さんと柴田さんがやってきました。 「お、近藤さん。一人でメシ食ってんの?」 真山さんの手には、お弁当屋さんで買ってきたと思われる袋がありました。 「はい。いつも一人なんですよ」 「あ、そうなんですか〜。寂しいですねぇ。でも今日は寂しくないですよ〜。私たちがご一緒しますので」 柴田さんがにっこりと微笑みかけてきました。 普段は、少々野暮ったい格好をしている柴田さんですけれど、実は整った顔立ちをしてるので、 ふとした一瞬思わず見とれてしまう事があります。 この笑顔もなかなか綺麗で見とれそうになってしまいましたが、 柴田さんの肩全面にかかっている男子中学生並みのフケに我にかえりました。 ああ、危なかった。
「今日はお弁当なんですか?めずらしいですね」 自分の席にお弁当を置く真山さんに尋ねてみると、機嫌悪そうにこちらをチラリと見られてしまいました。 ああ、恐ろしい。質問一つにしても、失禁覚悟です。 「どこのお店も一杯だったんですよね〜」 柴田さんが子供をなだめるような口調で真山さんの変わりに質問に答えてくれました。 「うるせぇよ!お前が猫追っかけて道に迷うからでしょ?もっと早く店に着く予定だったのに」
真山さんは眉間に皺を多く寄せて、自分の席にどっかと座りました。 ああ、恐ろしい。不機嫌オーラにやられそうです。 「だって、あの猫、何かへんな臓器を咥えてたんですよ〜?気になりませんか?」 「ただのネズミだよ!気持ち悪ぃもんに興味持つなよ!馬鹿!」 ・・・相変わらずコメントしにくい会話ですねぇ・・・ 思わず苦笑いです。 真山さんが、不機嫌そうにがさがさとビニール袋からお弁当を取り出し、ふたを開けた。 のり弁ですか。なかなか美味しそうですね。 つけあわせも沢山ついてて、「のり幕の内」といったところでしょうか。 ・・・それから「まるごとバナナ」のデザートつき。 これ、最近値上がりしたんですよね。真山さん大変だろうなぁ。 「なにやってんの?お前」 真山さんのその声で、柴田さんのほうを見ると彼女は愛用のクッションつきの椅子をよいしょと運んでいた。 「え?真山さんの隣で食べようと思って・・・」 「は?なんで?」 「ちょっと、そっち詰めてもらえますか?」 「何でこっち来るの?あいてるじゃん!そっち」 「近藤さん、もちょっと詰めてもらっていいですか?」 「あ、はい」 私も、お弁当とお茶を持ってすこし移動する。 「近藤さんも、動いてるんじゃねぇよ!」 ・・・怒られました。ちょっと落ち込みそうです。
「はぁ〜、よいしょっと」 むりやり真山さんの隣に場所を取った柴田さんが、満足そうに座ると、真山さんがしかめっ面で睨んでいるようです。 「狭いんですけど?」 「さ、ご飯食べましょうー。久しぶりです〜。おかず食べるの」 柴田さんは真山さんの睨み攻撃をもろともせず、嬉しそうにお弁当をあけています。 もしかしたら、この弐係の中で一番強いのは柴田さんかもしれません。 「いっただっきまーす」 柴田さんが割り箸をパキンと割って、食べ始めています。 真山さんは、ちょっと納得いかなそうに食べ始めている・・・ふりをしているようです。 不機嫌なフリをしたって、口元が若干緩んでますよ? ・・・指摘したら、明日になるころには東京湾に浮かんでそうなので、やめておきますけど。
ご飯を食べている時は静かになるんじゃないかな・・・と思った私が甘かったです。 彼らはご飯を食べている時も何かとキャッキャと騒いでいます。 「あのですね、昨日お話しした事件の事なんですけど・・・」 「うるせえよ!メシ食ってる時に殺人だの、死体だの言わないでくれる?」 「あー、すみません。じゃあ言葉をぼんやり濁してお話しますね」 「そういうことじゃないよ、馬鹿。事件の話はしないでって言ってるの」 「ええ〜?真山さんには刑事魂っていうのもがないんですか?」 「いいから、黙れ!メシくらい静かに食わせて?ね?」 その言葉には、激しく同意です。真山さん・・・ 「うわ。これにんじん入ってるじゃん。あげる、柴田」
真山さんが付け合せについていたにんじんを、ぽいっと柴田さんのお弁当の中に投げたようです。 「もう、真山さんにんじん食べなきゃ強い子になれませんよ〜」 「俺はもう大人だからいいの。あ、またあった。よかったね〜柴田、いっぱい食べれて」 「ああ〜そんなにポンポン投げないで下さいよぅ。真山さん、大人なんでしたら好き嫌いせずに食べて下さいよ〜」 「俺は32年間、コイツを愛そうと努力したけど無理だったの。頑張ったのになぁ〜」 真山さんがわざとらしく、目頭を押さえた。 「さすが真山さんですね!努力した結果なら仕方ないですよね〜」 え?柴田さん、あれで騙されたんですか? すごいですね〜(ある意味)
「あ、真山さん。このお弁当グリンピースが入ってます〜」 突然柴田さんが情けないような、それでいてなぜか色っぽい声を出した。 「それがどうしたの?」 そう言いながらも、真山さんは全てをお見通しのようでニヤニヤしています。 「・・・真山さんの意地悪。私がグリンピース嫌いなの知ってるくせに・・・」 柴田さんが上目遣いで真山さんを睨んでいます。 ・・・これはなかなかかわいらしいですねぇ・・・ オヤジ(私)的には抱きしめたいくらいのかわいさです。 残念ながら、私には妻も子供もいる身である上、 彼女をこよなく愛する地獄の番犬・ケルベロス真山さんに歯向かう勇気がないので抱きしめるという行為は自粛しますが。
で、そのケルベロスですが、やはり彼女の表情がよかったらしく、非常に意地悪そうな笑顔を浮べています。 「柴田さん、大人なんでしたら好き嫌いせずに食べて下さいよ〜」 柴田さんをからかう時の真山さんは非常にうれしそうで、彼のサドっ気をひしひしと感じます。 「・・・真山さぁ〜ん」 助けを乞う柴田さんの声はなかなか艶っぽくて、驚かされます。 「どうして欲しいの?」 真山さん、サドモード全開です。 「グリンピース、食べてください・・・」 「『お願いします』は?」 「・・・お願いします・・・」
柴田さんがそうお願いするのを、真山さんは満足そうに聞いていました。 「しょうがないねぇ、食ってやるからよこしな」 真山さんがまたしょうがないフリをしています。(また口が緩んでますよ、真山さん) 「ありがとうございます〜。えへへ」 柴田さんが嬉しそうに自分のお弁当の中から、グリンピースを一つつまんだ。 「はい」 柴田さんのその掛け声を合図に、真山さんが口を開けました。 そして、柴田さんがグリンピースを真山さんの口に入れました。 「・・・おいしいですか?」 「別に?そんなに味ないじゃん。これって」 のんきにそんな会話をしている彼ら。
・・・ん?待ってください。 今のは、とても自然で流してしまいそうになりましたけど・・・ 真山さんと柴田さん・・・今、新婚家庭にありがちな「はい、あ〜ん」をやっていましたよね? 何と言うことでしょうか。そんな重大な事件に気付かなかっただなんて・・・ やはり私は刑事失格です。洞察力の微塵もない・・・ けれども、お二人の動作が自然すぎて、全く違和感を感じなかったのも原因ではないかと思います。 ということは・・・真山さんと柴田さんはいつもこんな事をやっている・・・? ああ。何と言うことでしょうか。 こんな推理が出来るとは私にも刑事の素質がまだ若干残っていたようです。 しかし、こんな現実はいかがなものでしょうか。
・・・柴田さんに「あ〜ん」で食べさせてもらってる真山さん。
一昔前なら大声で騒ぎ立てている所ですが、私もこんな状況もうなれました。へっちゃらです。 「・・・近藤さん、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」 しまった。表情には出てしまっていたようです。 「だ、大丈夫です」 「そうですか?無理しないで下さいね〜?」 「はい・・・」 当の本人たちは、自分たちがやってしまった事に気がついていないのか、他人を思いやる余裕があるようです。 ああ、よかった・・・
「あ、真山さぁん、またありました〜。グリンピース」 また来る!見たいけれど、これ以上見てしまったら大声を出さずにはいられなくなるでしょう。 「すみません、ちょっとお手洗いに・・・」 私はもう無理だと立ち上がって、エレベーターに向かいました。 「近藤さん、気分が優れないようでしたら無理せず、早退して下さいね〜」 背中に、柴田さんの声が聞こえます。 「は、はい」 私はどうにかそれだけ返事をすると、エレベーターに駆け込みました。
「お、真山さんと柴田。今日はお弁当かいな?」 「どこもいっぱいだったんですよ〜。ねぇ、真山さん」 「お前のせいでな」 「あのさぁ、さっき近藤さん入り口んとこで職質されとったで」 「え?近藤さんがですか?」 「受付のオネーチャンに聞いたらな、なんでも急に大声張り上げたらしいで。奇声を発したとか何とかいっとったわ〜」 「何か嫌な事でもあったんでしょうか〜?」
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