13:爪 

 

 

 

「彩さんって、いつも綺麗な爪をなさってますよねー」

柴田がうらやましそうに彩の爪を眺めながら言った。

「まぁなー。今日び、爪も身だしなみの一部やろー?」

そういって彩も自分の爪をじっと見た。

 

今日のネイルは涼やかに透明のネイル。

スカルプチャーの先をフレンチネイルのようにラメで少し飾って、薬指だけに花を描いた。

「綺麗ですねぇ、宝石みたいです」

柴田が目を輝かせながら嬉しそうに言った。

 

「ん?アンタも塗ってみる?ネイル」

「え!いいんですか?」

「まぁ、スカルプは道具が無いから出来へんけど、マニキュアくらいなら、置いてあるから」

「実は前からやってみたかったんですよね〜。お願いします」

ニコニコと笑いながら柴田が手を差し出した。

 

彩の手つきは見事だった。

まずは甘皮を綺麗に取り、爪をヤスリで削る。

「痛かったら、すぐ言うんやでー」

そして形の整った爪に、ベースコートを施していく。

「透明なんですか?」

「ちゃうやん。これはな、ベースコートっちゅうて、下地みたいなもん。これ塗っとくと色が綺麗に出るんや」

「へぇー」

 

「何色がエエの?」

デスクの上にマニキュアを何色か置く。

「えーっと・・・何色がいいんでしょう?」

「自分の好きな色にしぃ」

「え〜?どうしようかなー・・・真山さん」

不意に柴田が静かに耳掃除をしている男の名を呼んだ。

「何?」

「爪の色、何がいいと思いますか?」

柴田が嬉しそうに尋ねた。

「何って・・・。何でもいいじゃん。俺に聞くなよ」

「ええ〜?一緒に選んで下さいよ〜」

「だから何でもいいじゃん。ドドメ色でも、ねずみ色でも」

「も〜、全部綺麗な色じゃないじゃないですか〜。真剣に答えて下さいよ〜」

 

柴田と真山の会話を聞いていた彩が静かに口を開いた。

「柴田、アンタが好きな色選びいな」

「え?でも・・・」

柴田は真山が真剣に取り合ってくれないことにすねているらしい。

 

「あのな、たとえば化粧するやん。でもそれって、鏡見ないと自分では見えへんやん?」

「そうですね」

「お前、化粧しないくせに知ったかぶりすんなよ!」

「可愛い下着とか履くやん。でもそれって脱がなきゃ見えへんし、一応男の好みとかで変わるやん」

「そういわれれば・・・」

「パンツ一つしかもって無いくせに」

 

「でもさ、爪って自分からも見えるやろ?」

「あ!」

「だから、爪って自分が好きな色に塗ったほうがエエと思わん?」

「なるほど・・・」

「爪ってな、自分のためのお洒落やねん

 綺麗に塗れた日は何度も見返してエエ気分になれるし、逆に嫌なことがある日は好きな色塗って気分を無理やりよくするのもアリや」

「ああ、だから彩さんは爪のお手入れを熱心にされてるんですね」

「そういうこと」

彩が、優しく微笑んだ。

 

「自分の恋が上手く行けへん時も、自分に自信が無い時も。

綺麗に塗ってある爪見て元気だすんや。

綺麗に爪塗って気合入れるんや。な、ええやろ?」

彩は、柴田のほうも真山の方も見ずに優しい顔でそう言った。

 

「素敵ですねぇ」

柴田も優しい顔をしていた。

「そ?じゃあ、アンタもどの色がエエか選び」

照れているのを隠すように彩が早口で言った。

「そうですね・・・じゃあ、このピンクの、お願いします」

柴田が指をさしたのは、淡い薄桃色のボトル。

「オッケー。アンタらしい色やなぁ」

「そうですか?」

「うん。この色の名前、『さくら貝』やて」

「うわぁ、綺麗なお名前ですね」

「はいはい。じゃあ、手ぇだして?」

その二人の様子を見て、真山がふっと優しく微笑み、再び耳掃除に戻った。

 

 

「真山さん、見てくださーい!出来ましたー!!」

柴田が嬉しそうに真山の方に手をかざした。

「あ、柴田結構しっかり塗ってるから、しばらくもの触ったらアカンよ」

「はーい」

「・・・よかったじゃん」

真山が柴田の手を取って爪をじっと眺めた。

「綺麗でしょ?彩さん、とってもお上手なんですよー」

「・・・しばらく何も触れないんだっけ?」

「そうみたいです。ネイルがまだ乾いてないんですって」

「へぇ」

真山がにやりと笑った。

 

「・・・ってことは、今ならお前になーんでも出来ちゃうわけね」

「え?な、なんでそうなるんですか?」

「だって今、抵抗できないでしょ?」

「そうですけど・・・ちょっと、ここ、職場ですよ?」

「誰も見てないんじゃない?ねぇ?」

「そうやでー。だーれも見てへんでー」

「彩さぁん」

「近藤さんも何とか言って下さいよ〜」

「・・・私も、何も見ていません・・・」

「銀次郎さんは!?」

「アイツは今お昼寝中。・・・観念したら?」

「やめてください〜!!誰か助けてください〜!!」

 

半泣きになった柴田を見て真山がくっくと笑う。

「あ、だましましたね?」

「何が?」

いたずらっぽい口調で真山が答える。

「お前が色々勝手に想像したんでしょ?」

「もう!真山さんの馬鹿!」

 

柴田の爪は、綺麗な桜色で染められていた。

それは、彼女の頬のような。

それは、彼女の優しさのような。

やわらかく、可憐な色だった。