13:すれ違い 

 

 

 

 

真山さんは、いつも現実的なことしか言わない。

私はそこが好きなのだけれど、たまに、寂しい。

 

 

ベッドの中は二人の人肌で丁度いいくらいに温まっている。

自分のか、相手のかわからない体温に包まれて眠るのは悪くはない。

それが、この人のなら尚更だ。

 

「ねぇ、真山さん?」

柴田の言葉はいつも疑問系だ。

わからない事をはっきりさせようとする柴田と、

わからないことはわからないままで言いという真山は

傍から見たら不思議な二人に見えるのかもしれない。

しかも、二人が上手くいっているというので尚更だ。

 

「『ロミオとジュリエット』ってご存知ですか?」

「お前、俺を馬鹿にしてんの?」

「・・・いえ」

がさりと真山の腕が動いた音がする。

安心するのは、こんな音。

 

「・・・で?」

「え?」

「『え』じゃないよ。お前が聞いたんでしょ?ハムレット」

「ハムレットじゃないですよー。『ロミオとジュリエット』ですよー?」

「どっちも同じじゃん」

「違いますよー」

ベッドの中、上目遣いで自分を見てくる柴田に、真山は軽く笑った。

安心するのは、こんな瞬間。

 

「どう思いますか?ロミオとジュリエット」

「何が?」

「ですから・・・最後、死んじゃうじゃないですか。二人」

「・・・ああ、うん。いいんじゃない?」

「真面目に考えてます?」

「俺はいつでも真面目ですけど?」

「ふざけないで下さい」

「ふざけてないじゃん。・・・いいんじゃないの?すれ違いの悲劇っていうの?

『二人仲良くお星様になりました。』って綺麗だし」

「そうなんですよねー」

柴田が黙り込んでしまう。

真山はひじをついて、掌に頭を乗せる。

見下ろすような格好で見る柴田は、まるで事件の事を考えているかのように真剣でちょっと可笑しい。

指先で柴田のつむじをつんとつつく。

それも全く気にせずに柴田は考えている。

 

「私も、昔は大好きだったんです。ロミオとジュリエット」

「・・・今は?」

「嫌いになったわけじゃないんですけど・・・」

「うん」

真山の相槌は、柴田にとってとても心地いい。

急かされるのでもなく、聞き流されるわけでもなく。

柴田の話すスピードとタイミングに丁度良く来る真山の相槌。

それを彩に言ったら、漫才コンビだと笑われたけれど、それは柴田にとってとても嬉しい発見だった。

 

「私が・・・ジュリエットだったらって考えるんです。時々」

「お前さ、鏡見たことある?頭臭いジュリエットなんているわけないじゃん」

「想像の中ですよ。まあいいじゃないですか」

「そういうことばっかり言ってるからいつまでたっても風呂はいる癖がつかないんだよ」

真山の指が柴田の髪を攫う。

 

「・・・私だったら・・・そんなの嫌だなぁって」

真山はゆっくりと柴田の髪を梳いている。

「好きな人と一緒にいたくて・・・毒まで飲んで。それなのに目を覚ましたらその人が死んでたらきっとすごく悲しいと思う」

その言葉に、真山の指が止まった。

 

毒を飲んで、目覚めたら愛する人が死んでいたジュリエットと、

記憶をなくして、目覚めたら真山が血を流して倒れていた柴田が重なって見えてならなかったから。

真山の胸がずきりと痛む。

そのくだらない物語の題名を見るたびに痛むであろう柴田の心を思った。

不意に、そんな話を考えたシェークスピアの爺さんをぶん殴ってやりたくなった。

 

 

「当たり前だろ。あれは『悲劇』なんだから」

まるで感情を感じさせない真山の一言に柴田は顔を上げた。

 

「『悲劇』、ですか?」

「そう。シェイクスピアの四大悲劇だろ?確か」

「ロミオとジュリエットは四大悲劇に入ってません」

「あっそ。とにかく悲劇じゃん」

「悲劇って・・・見る分にはいいですけど、実際そうなると辛いものなんですねー」

「何、当たり前な事言ってんの?」

「そうなんですけど、ちょっと考えちゃいました」

 

「素敵なものって、いいことばかりじゃないんですよね」

 

柴田がそう呟いてよいしょと起き上がった。

真山はなんとなく何も言えなくて柴田の動きを目だけで追った。

 

 

すると、突然柴田が真山の上に馬乗りになってきた。

「何してんの?」

真山の口からやっと出てきたのはその言葉だけだった。

 

「真山さん」

柴田は綺麗な顔をしていた。

決意の篭もった、綺麗な目でこちらを見ていた。

「何?」

真山はその柴田の雰囲気に少し圧倒されている。

 

「綺麗じゃなくっていいです」

「え?」

「物語みたいな、綺麗な想いじゃなくていいんです」

柴田の瞳が少し揺らぐ。

「私は、汚くてもなんでもいいんです。むしろ、その方がいいんです」

「・・・柴田」

言いたい事がわからないわけではない。

けれども、柴田の口からそんな事を言わせるのに真山は酷くためらいを感じた。

 

ゆっくりと柴田が真山の方に倒れてくる。

真山に覆いかぶさるように柴田の体が横になる。

 

「昔は、憧れました。好きな人のために命を捧げられる恋に」

体を通して聞こえてくる柴田の声は何処か切ない。

「でも・・・今は違います」

真山は柴田の頭を撫でた。

それに答えるように柴田が真山のスエットを握る。

「もう、一人にはなりたくないです・・・」

泣き声のような高い柴田の声は、真山の耳ではなく心臓に届く。

真山は黙って柴田に唇を寄せる。

髪の上からの優しいキスに、柴田は尚更泣けてしまうというのに。

 

 

いくら、私が生きていたって意味はない。

あなたが生きていなければ、この世界は全く無意味で空しいもの。

あなたをまだこんなに良く知らない頃は、あなたが生きてくれたらいいと思った。

このぬくもりを、優しさを。手放す事なんてとても出来ない。

あなたがいなければ、私はもうきっと呼吸すら出来ない。

 

愚かだと人は笑うだろう。欲張りだと蔑むだろう。

それでも。

これは私の紛れもない本心なのだ。

 

 

「抱き癖、ついたのかもな」

低い真山の声に柴田の涙が止まった。

「真山さん、あったかくって気持ちいいんですもん」

「普通さ、女の方があったかいもんなんだけどね」

「そうなんですか?」

「お前冷え性?ババくせー」

「しょうがないじゃないですかー。これでも色々と私なりに工夫を・・・」

真山が話すたびに、吐息で柴田の髪が揺れる。

それが柴田にはとても気持ちよかった。

「・・・でもさ」

「はい?」

「あったかいよ、お前」

柴田の体を抱きしめる真山の腕が、いつもより強かったのを柴田は気付かない振りをした。

 

 

 

柴田はいつも夢みたいな事しか言わない。

俺はそこが好きなんだけど、たまに、悲しい。

 

 

でも、本当は真山も柴田は二人とも現実的で夢見がち。

だから、二人はバランスが取れているのだけど。

 

リアリストとロマンチストの恋は、脆くも強い絆でしっかりと育っている。