12:痴漢
午前10時24分 都営バス車内 「キャ!何するんですか!?やめてください!!」 「え?わしでっか?」 「すみませ〜ん!この人、痴漢でーす!!」
午前10時58分 派出所 「あー君、名前は?」 「遠山金四郎の末裔、遠山金太郎です!!」 「あーはいはい。で、職業は?」 「警視庁捜査一課、弐係所属の警部補であります!」 「・・・ホントに?」 「ホンマです。ここに警察手帳が・・・あれ?」 「嘘はよくないよ」 「嘘ちゃいますって。なんなら電話して聞かはったらどないですか?」 「あー、そうだね・・・じゃあ、電話してみようか・・・」 「そうそう、電話したら・・・って!ちょお待って!!あそこに電話はやめてぇな!!」 「・・・自分で言い出したんでしょ?電話しますよー」 「弐係のみんなにばれるやないですか!!」 「あ、もしもし?」 「もう電話しとるし!!」
午前11時03分 警視庁捜査一課弐係 「はい、・・・はい。では、よろしくお願いします」 近藤が受話器をコトンと置いた。 「何やったん?その電話」 彩が、日課の爪磨きをしながら面倒くさそうに聞く。 「あ、日比谷の派出所からで、遠山君が痴漢で逮捕されたらしいんですが・・・」 「は!?痴漢!?」 「何?アイツやっぱりたまってたのかねー?」 いままで興味のなさそうだった真山が、急に身を乗り出して会話に参加してきた。 「まぁ、そうやろうなー。童貞やから」 「痴漢なんて割に合わない犯罪するよりさ、イメクラとかいきゃーいいじゃんね?」 真山がキヒヒと嬉しそうに笑った。 人の不幸は、真山の大好物であった。
「あのー、係長の柴田さんへの連絡、どうしたらいいですか?今日も遅刻されてますけど・・・」 「あーほっといたらええんちゃう?そのうち来るやろ?」 一人真面目に話しをしようとする近藤を彩は適当にかわした。
「・・・でもアイツ変に夢見とるから、風俗行けへんのちゃうん?」 「あー・・・そうかな?素人童貞でもないのか。ホントの童貞!?俺なら死んじゃうね」 彩と真山が楽しそうに笑っている。 どうやら金太郎の心配は一切していないらしかった。
「『素人童貞』って何ですか?」 突然、背後から柴田の声がした。 「うわ!なんだお前、いつの間に来たの?」 「ついさっきです〜。それより『素人童貞』って何ですか?」 「・・・木戸、説明してやって」 面倒くさそうに真山が彩に頼んだ。 「え〜っとなぁ、風俗にも行かへん、サラピンの童貞のこと。わかる?」 「サラピン?さら・・・ピンクのお皿のことですか?」 柴田のボケはマジなのかよくわからない。 とりあえず無視する。
「あのー、柴田さん。実は遠山君がですね、痴漢で捕まりまして・・・」 近藤が一人律儀に仕事をしようとしている。 「ええ!?痴漢ですか?」 柴田が大袈裟に驚いた。 「どうせカン違いかなんかやろ?アイツにそんな根性あらへんもん」 「そう?案外痴漢が趣味だったりして、アイツ」 「あ、それもアリやな。うっわー変態やん」 真山と彩の「人の不幸大好きコンビ」が楽しそうに金太郎を馬鹿にしていた。
「・・・ダメです!!」 柴田が急に大声を出した。 「は?」 「痴漢が趣味なんて、絶対ダメです。真山さん」 「人聞き悪ぃな!俺の趣味が痴漢なんて言ってないじゃん!京大だよ、京大」 「実は私、以前痴漢にあったことがありまして・・・」 柴田が何故か頬を赤らめてすこし嬉しそうに話す。
「アンタが痴漢におうたの?」 「ええ。一度だけなんですが・・・」 柴田が嬉しそうに答えた。 「うっわー、かわいそう。その犯人」 真山がからかうような口調で吐き捨てた。 「どうしてですか?」 田が不思議そうに尋ねる。 「だってさ〜、お前みたいな小汚い女のケツ、触っちゃったわけでしょ?同情しちゃうね〜」 真山の言葉に、柴田が表情を曇らせた。 「・・・どうしてそんな意地悪ばっかり言うんですか?」 「別に意地悪じゃないじゃん。事実でしょ?」 「酷いです」 柴田の瞳には涙が溜りつつあった。
「私、すごい気持ち悪かったんですよ?知らない人に触られて」 「ふぅん」 「それなのに、ちゃんと逮捕したんですよ?」 「へぇ」 「・・・もういいです」 柴田はそれっきりうつむいて口を開かなくなった。
彩は大きくため息をつき、近藤は真山と柴田の様子をきょろきょろと心配そうに見ていた。 真山は椅子に座りなおして、足をデスクの上に置き、組んだ。
「お前さぁ」 真山の言葉に柴田がぴくりと反応する。 「痴漢にあったのを、どうしてそんなに嬉しそうに言うわけ?」 「え?」 柴田が顔を上げて真山の顔を見た。
「気持ち悪かったんでしょ?ならそんな嬉しそうに言うんじゃないよ」 柴田の目には、真山の顔は不機嫌というよりも、なんだかすねているように見えた。
「なんや、真山さんヤキモチかいな?」 彩がくっくと笑う。 「え?ヤキモチ、ですか?」 「そうそう、真山さんな、アンタが他の男に触られたのが嫌やねん」 「え?」 「その上、ソレを嬉しそうに話すアンタにむかついたんとちゃう?な、真山さん?」 ニヤニヤと不敵な笑みを浮べながら、彩が真山に聞いた。 「うるさいよ」 真山は、眉間に皺をよせてこちらを睨んでいた。
「一応、ヤキモチ妬いてる自覚はあるみたいよ?よかったなぁ、柴田」 彩が真山に聞こえない様に小さな声で囁いた。 「エクセレント・・・!」 ばたりと音を立てて柴田が倒れた。
「真山さん・・・どないすんの?これ」 「その辺に置いとけば?そのうち起き上がってくるんじゃないの?死んでなければ」 「・・・そうやね」
午後7時38分 派出所 「君、職場の人のお迎え遅いねー」 「・・・みんなこの天才、遠山金太郎に恐れをなして迎えに来ぇへんのや! 天才はいつの世も、後世でしか認められへん。悲劇ですなー」 「はいはい。・・・いい加減帰ってくれない?」 「あ、何ならこの後ワシの今まで解決した事件の名推理など・・・」 「いいから!ね、早く帰って?」
そして、翌日の朝、近藤が気付くまで金太郎はその派出所に留まることになる。
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