10:恋しい
あなたを失ったあの日から、私は泣くのが嫌ではなくなった。
昔は、泣く事は自分の弱さを曝け出しているようで、凄く嫌だった。
弱いことは、いけないこと。 もっといい子になって もっと強い子になって そうすれば、きっと母も私を認めてくれる。 そうすれば、きっと父も現実を見てくれる。
そう考えた私にとって、泣く事はとても悪い事だと思っていた。
だから私は 泣いて、自分の感情を露にすることが出来ず、誰かに助けを求めることも出来なかったのだ。
私の腕に今も残る傷。 父が、私に酷いことをするとき、私が自分で声を上げないよう、泣き出さないよう、 ぎゅっと噛み締めていた部分が、今も痕を残しているのだ。 その傷はとても醜くて、いつまだたっても消えない。 まるで、私の心の傷、そのものだ。
そして、あなたを失って。 私は泣くことが嫌いではなくなった。
あなたを失ったとき、不思議と涙はでなかった。 悲しくて、悲しくて、体が引き千切られそうな痛みが走ったけれど 何故か、涙は出てこなかった。
それからしばらくたって 急に、あなたがいないことを思い出した。
もう、あなたはいない。 弁護士の事務所にも、灯りが多いあのマンションにも、お母様のベットの脇にも。 双海病院にも、貯水タンクの前にも・・・あのクスの木の下にも。 どこを探しても、あなたのやさしい声と、煙草の匂い。 そして私を見守っていてくれるあの優しい目線はもうどこにもないのだと急に思い出した。
そしたら急に胸が痛くなって。 私は、子供のように泣いていた。 喪失とも、切なさとも違う。
私は、あなたが恋しかった。
こんな風に感情をむき出しにして泣く自分。 とても嫌いなはずだった。 けれども、ちっとも嫌ではなかった。 こんな自分を、否定しようとは思わなかった。
だって、それは当たり前のこと。 あなたが恋しくて泣くのは今の私にとっては当たり前の事だ。 愛する人をなくしたのだ。 泣いて当たり前。悲しくて当たり前。
そう。弱さも、私の一部なのだから。
これはきっと、長瀬君の魔法。 あなたが、わたしをまるごと愛してくれたから。 どんなときでも、ずっと見守ってくれたから。 弱い自分でも、悪い子でも、そんな私でも、いいんだよと言ってくれたから。 私は、ありのままの自分でも受け入れる事が出来たと思う。
弱いのは、泣く事を我慢した自分だった。 声をあげて周りに助けを求める事は、きっと弱さではなくて、強さなのだ。
長瀬君。 逢いたいよ
きっとどこからか、見守っていてくれるのだろうけど。
私が困ってる時は、助けてくれたじゃない。 電話をしたら、すぐに飛んできてくれたじゃない。
長瀬君。 どこにいるの? 声を聴かせて。
恋しいよ、すごく。
私はこうして、時々泣く。 自分の弱さを曝け出す為に。 募るだけの恋しさをあなたに届ける為に。 もう、自分の気持ちを押し込めて、腕に、心に痕を残さないように。
長瀬君。 こんな私でも、生きてていいんだよね?
「いいよ」 どこかで、あなたがそう言って笑ってくれる気がした。
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