10:今度

 

 

 

 

「真山さん真山さん真山さん」

柴田の声がもう半分眠っている真山の耳に届いた。

囁くような、それでいて子供のように興奮している柴田の声に、真山は目を閉じたままくすりと笑った。

「真山さん」

もう一度柴田が同じ声のトーンで呼びかける。

その柴田の声が可笑しくて、真山は眠気に委ねようとした自分の意識を柴田の方へと変えてみることにした。

「・・・何?」

軽く瞼を開けて、目線だけを柴田の方に向けた。

「私、いい事思いついちゃいました」

とっておきの考えを発表する時の柴田の瞳はきらきらしてとても綺麗だ。

その考えというのが、大抵が真山にとっては思わしくない厄介な考えだったりもするのだが、

真山はその瞳を見ると大抵は同意してしまうので不思議だ。

抗えない、柴田の瞳。

「・・・何だよ。言ってみな?」

眠さとその瞳のせいで少しだけ優しい声を出す自分に少し笑った。

「明日、お天気いいそうですよ」

「布団干さなきゃね」

「それもいいですけど・・・あのですね」

「ん?」

真山はころりと寝返りを打って、柴田のほうへ体ごと向けた。

こんな時ぐらいしか同じにならない二人の目線が一緒になっている。

柴田がずりっとシーツの中で前進して真山の方に少し近づく。

「ピクニックに行きませんか?」

「・・・はぁ?」

柴田の突拍子のない言葉のお陰で真山の目が一気に冴える。

「お弁当持ってー、柴田スペシャル持ってー、公園かどこかに行ってー、芝生の上でお弁当食べるんです」

柴田はあれやこれや想像しているらしく嬉しそうに計画を話す。

「・・・柴田。ね?」

「はい?」

「弁当誰が作るの?」

「私が腕を振るいます!!」

「却下。それに柴田スペシャルも却下ね」

「え?何でですか?」

「わかんないの?お前」

「はい・・・できれば簡潔な理由を・・・」

「死にたくない。以上」

「ひっどーい・・・」

「自覚してよ。お願いだからさ」

「・・・じゃあ、真山さんが作ってくれますか?」

「は?何で俺?」

「私が作ってよろしければ・・・」

「ってか柴田、明日の予想最高気温は?」

「えっと・・・15度だったと思います」

「却下」

「え?」

「寒いじゃん。俺20度越えないと外で過ごす気しないよ?」

「ええ〜?そこを何とか・・・」

「無理。お前より脂肪少ないの。デリケートだから、僕」

「デリケート・・・」

「何?文句ある?」

「いえ・・・」

「でも〜・・・ピクニックー」

「誰が行くかよ」

「え?・・・嫌なんですか?」

「やだね。何が楽しいの?公園行って」

「えっと・・・緑の中で・・・自然と戯れて・・・」

「興味ねー」

「えー?そんなー」

「お前が勝手に言っただけじゃん。行くって言った覚えないけど?」

「・・・確かに」

柴田が、しゅんと下を向いた。

いつも見ているつむじが、こうして横になっている時に見えると酷く後ろめたくなる。

真山は両手を柴田の首に持っていって、それから強引に柴田の顔を上げる。

「・・・今度ね」

「・・・え?」

柴田の目が真山を覗き込むように見つめてくる。

「気が向いたら行ってやるよ」

「ホントですか・・・?」

半信半疑、といった風な柴田の鼻を真山は軽く抓った。

「いたっ」

「一生、向かないと思うけどね」

「えー?」

「まぁ、気長に待っててよ」

「・・・はい」

 

 

ほらね、やっぱり俺は柴田のあのきらきらした瞳に弱いんだ。

抗えなくなる。

全てを、という風には行かないけれど。

まるで、娘のワガママを聞く父親のように。

妹の願いを聞く兄のように。

女の愛を受け入れる男のように。

 

あの瞳なんかなくたって、結局俺は抗えない。

「柴田のために」

俺の全てがそこに向かってしまうから。

 

理由なんてない。

全ては柴田の掌の中に。

全ては柴田の瞳の先に。

 

この小汚い女に、自分の運命が握られている

それもまた楽しみな気がして、真山は少しだけ笑った。